帰らない、でも待っててね
今週土曜御茶ノ水で18:30に待ち合わせよう、というのがわたしと幼馴染との最終的な会話の着地点だった。
部活終わりにせっせと楽器を片して、弓についた松脂を拭う中で「前回会った時はつまんなかったよなあ」と幼馴染との再会を特に喜んではない自分がいた。
わたしと幼稚園から幼馴染の彼女は、正反対だ。
活動的でバレーボールをやっていた彼女と、インドア派で図書室でダレン・シャンシリーズを片端から読み漁っていたわたし。
わたしは私立中学に進学して、彼女は地元の中学へ進学して、それっきり私たちはいま住まう場所さえも違っている。
ただ、小学生の6年間の登下校を共にするくらいには、仲がよかった。他の幼馴染を含めて4人で毎週金曜は、わたしの家で先週のエンタの神様で観た芸人のネタを披露するそいつを他の2人とわたしが見ては笑い転げるのが通例だった。今考えたら意味わかんないけど、小学生なんてわけわかんないことで面白がってるもんである。
でも大学生になっても根本的な考え方は全然違うようで、家庭になんか入るもんか、ひとりで生きていくんだと意地を張るわたしにとって、家庭に入って安定した生活を送りたいと思う彼女はとてもつまらない人間のように見えていた。
「いまの彼氏は束縛強いけど、まあ結婚できたら安牌だよねえ」と日本酒をかっくらう一年前の彼女の姿を見ながら、「なにこいつ全然つまんねえなあ、もっと失敗しろよバーカ」と当時セフレがいたわたしはハイボールを静かに飲みながら思っていたわけで。
重い足を引きずりながら、御茶ノ水駅の聖橋口で待っているという彼女の姿を探して、目に映るまでは、ほんとうに帰りたかった。無駄な時間なんだろうと。
ただ、聖橋口の切符売り場の柱にもたれて携帯をいじっているその彼女の姿をみて、「ああ、ほんとうになんでこいつが東京なんかにいるんだ、」と思って、笑いが止まらなくなっていた。
「よー久しぶり」
『うわー全然変わんないじゃん」』
「お互い様でしょ、おかけで見つけやすかった」
『あ、田舎者オーラ出てました?すっみませーん』
嘘だった。ほんとうに綺麗になってて、最後に地元で会った彼女とは違っていた。変わっていた。それが少し寂しかった。
御茶ノ水のミライザカで話を聞けば、一年前に付き合っていた彼氏とはもうすぐ別れるつもりでいて、確かに結婚はしたいけど学費を自分で稼ぐ彼女にとって就職して2、3年は働くことは避けられない運命らしい。
失敗したくなかったのだ、と彼女が澪を飲みながらつぶやきはじてから、黙って耳を傾けた。
失敗したくなかった自分が、出来のいい兄や姉とは違うのだということを希望する大学への受験に落ちたことで思い知ったこと、親に言われて歩いてきた教師への道を歩むのを自分の意思でやめたこと、失敗したことで自分のやりたいようにやりはじめられているということ。
彼女は淡々とそういうことを語ってくれた。
わたしは彼女の中高時代を、その時聞くまで知らなかった。
それは彼女も同じで、私たちは4人の幼馴染の中で最も距離が近いふたりのはずなのに、何にも知らなかった。
知らないことを責めることすら、頭にないくらい、私たちは近いようで遠かった。
『あー話せてよかった。なんでホテルとっちゃったんだろー泊まりにいけばよかった。』
「じゃあまた今度だねえ」
『年越し帰っておいでよ。絶対ね』
そう言って、彼女はわたしと違う方角へと帰っていった。
手を振りながら、帰省する日はいつだったか、と考えている自分がいた。
わたしは、きっと地元には帰らない。
帰りたくない理由もある。家族がいずれ地元を離れて東京に来るかもしれない可能性があるから、というのもある。
だからきっと、彼女とまた会うには会いに行かないと会えないということになりそうだ。
帰らないつもり。でも会いにいくから、待っててほしい。
透子