うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

眠りの部屋

 

 

 さかさまの気球が空から落ちてくる。燃料が布から染み出して、落ち行く先のわたしの服を滴の模様で染めた。この汚れは落ちないかもしれない。お気に入りの服だったけど。それでも気球はわたしに向かって落下してきた。気球ってどれくらいの重さなのだろう。
 目を覚ますと、わたしを覗き込む姉の瞳があった。その二つの瞳には興奮の色が見て取れた。「あなた死にかけたのよ」。わたしは死にかけた。眠いな。
 わたしは頭を殴られているような痛みで起き上がると、あたりは暗がりに満ちていた。しかし外の淡いひかりが、かろうじて寝具やシーツの清潔さをわたしに認識させた。その病室はわたしひとりだった。どこへいくの? 頭のなかで声がした。「わたしはどこへも行かない、ここにいる」。その声はしじまのなかに溶けて消えていった。気球が落ちてきたとき、と声が言った。どこへ行こうとしたの……わたしは「眠いの」と答えた。頭の痛みは声とともに消え去っていった。
 次の日、わたしは姉と母に連れられて家へ帰った。わたしの部屋はそのまま何も変わってなくて、「たった5日よ」、姉が言った。「あなたは寝てなさい、まだどこかへ行こうとしては駄目」。「わたしはどこへも行かない」。服は?「もうあれはどうやっても汚れが落ちないから、捨てちゃったわよ」。わたしはそのまま着たかったのに。あの服は今頃どこかで焼かれて灰になっているだろう。誰も祈ってくれないまま焼かれたのだろう。わたしが行くのはそこだわ。わたしが祈ってあげなくては、誰があの服のために祈ってくれるというの?
 真夜中に家を抜け出して、調べたごみ焼却場に行った。その土地に染みついているのか、ごみが焼かれている臭いがあたりに残っていた。わたしは植樹で覆われたフェンスを越えて中に入った。頭が痛み出した。どこへ行くの?「わたしはここにいる」。ゴミが焼かれた臭いがした。この中にわたしの服の粒子も含まれているんだわ。わたしは家で覚えてきた絹とポリエチレンとの化学式を思い浮かべた。これが私の祈り。再びさかさまの気球が落ちてきた。「わたしはどこへも行かない、ここにいる」。