うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい


ばたばたと叩きつけるように雨が降っている。目が痛くなるほどに眩しいネオンに囲まれた駅前、ハザードランプが縦並ぶロータリー。忙しなく入れ替わり続ける車たちに、濡れる肩もいとわず駆け寄っていく人々の表情は、今の天気に似合わず華やいでいた。

わたしは駅構内の薄ぼんやりとした灯りを頼りに、手元の文庫本を追っていた。辺りを行き交う人からの奇異な視線を度々感じたけれど、それでも居心地は悪くなかった。だって、わたしは待っているのだから。

腕時計に目をやると、ちょうど短針と長針がぴったりと頂点で落ち合っているところだった。背筋をぴんと伸ばして重なり合ったそのふたりの上を、秒針が素知らぬ顔でするりと通り過ぎた時、それに続くようにふたりも歩を進める。それを繰り返していくうちに、出会ったはずのふたりの隙間は徐々に、だけど確かに広がっていった。

ふと、ぱたん、と何かが倒れたような軽い音が聞こえた。文庫本をコートのポケットに閉まい、もつれていた意識を周囲に戻した。

目の前にはアルコールのつんとした匂いを撒き散らしながら、ぎゃあぎゃあと小突き合っているよれたスーツ姿の群れ。足元には壁に立てかけていたはずの傘が倒れていた。白地に薄いピンクの花模様、その野暮ったさがどことなく気に入って、今年の春に買った。

横たわった傘を見下ろす様に、わたしのおへそぐらいまである真っ黒い傘がもう一本、憮然とした態度で壁にもたれかかっていた。ここまで連れてきてやったんだぞ、と呟きながら、傘を拾い上げた。

わたしの部屋からこの駅までの道程、ふたり分の傘を両手に持って歩くわたしは不格好で、少しの恥ずかしさもあったけれど、それでも気分は悪くなかった。だって、わたしは雨に濡れなかったから。

かつて、あなたと同じ傘の下、その道を歩いたことがあった。寄り添い合うように並べた、背丈の違うふたつの傘を見て、何故か寂しく思えたのは、この既視感だったのかもしれない。

時計盤のふたりはもう、ついさっきの出会いは嘘だったかのように、お互いがちぐはぐな方角を向いていた。目線も歩幅も違うふたりは、いつもどちらかが雨に濡れてしまっていて。

中越しに聞こえてくる雨音に紛れて、改札奥のプラットホームに続く階段からはたくさんの足音が聞こえてきた。それはすぐに人の波に変わって、まるで洪水のようにあっという間に、わたしのすぐ近くまで流れ込んできた。慣れた手つきで足早に改札を抜けた人々は、夜に溶け込むようにして、ほろほろと姿を消していった。最終電車が過ぎ去って役目を終えた駅は、大人の匂いをほのかに残したまま、朝の訪れを独りでに待っていた。

わたしの背丈に不釣り合いなその黒い傘は、部屋のどこに仕舞い込んでも、この街を離れても、いくら時間が流れても、まるで忘れられなかった。

あなたとわたしの最寄り駅だった、何度も降り立ったこの場所に、もう二度と重なることがないように、寒い冬が襲いかかってくる前に、そっと捨て去っていこうと決めた。

向かうべき場所も違ったふたりには、傘が二本、必要だったんだ。