うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

《10月企画バトン》いつかのある日の記憶。

一定のリズムを刻むモーターの音を聞きながら、眠りに落ちた。その中で、珍しく夢を見た。
正確には、結婚していたときの記憶の欠片を夢という形で思い出したにすぎない。

 

―――

雨続きだった6月頃だったのだと思う。仕事を終えた私は、遅かったこともあり、外食でご飯を済ませ、帰り道に牛乳が無いことを思い出し、牛乳を買って帰った。

 

帰って冷蔵庫を開けると、無くなったはずの牛乳が。
先に家に着いた旦那が買ったようである。
しかし、どこに行ったのか、彼の姿は無かった。

 

…買ってくるなら、そう言ってくれればいいのにな。消費が大変じゃん…そして帰ってきたはずなのにどこ行ってるの……

 

そう思いながら、自分の買った牛乳を冷蔵庫にしまって、そのまま彼を待ちながらウトウトして寝落ちてしまった。

次に目が覚めたときには、彼は何か作業をしているようだった。見ると、タオルを畳んでいる。

 

私は牛乳を買うとの報告がなかったことを思い出し、彼に怒りをぶつけた。
「なんで牛乳買って帰るならそうやって連絡くれなかったの??買ってきちゃったじゃん!!」
「あ、ごめん、牛乳なら、ほら、すぐなくなるから…」
「もういい!!!!」
私は彼に当たるだけ当たって、独りで寝室に行き、不貞寝した。

 

こういう時、彼は私に何を言っても私が聞かないのを知っている。ただ、それが過ぎ去るのを黙って待っている。
私は私で、牛乳のことなんて、ほんとはどうでもいいのだ。
彼がどこに行っていたのかは、畳んでいるタオルを見ればわかる。
この雨続き、乾燥機機能の無い我が家の洗濯機。
普通なら畳んでいるタオルがみんなあんなにふかふかであるわけがないのだ。

 

無駄な心配や感謝は要らない、だから何も言わずに動く。それが彼の優しさであることを、私は充分に理解している。
ただ、結婚と言う枠の中の奥様という守られた立場で、素直にその優しさを享受できなかっただけだ。
教えてくれない、ということに対する怒りは、ゆくゆくはこっそり何かをするに違いない、という不安が生むものだった。
いつもそうやって、何も言わないで、こそこそ…

 

本当は、教えてくれなかったの?と言うよりも、ありがとう、が先立つはずなのに。そんなこと、考えなくてもわかることのはずなのに。

 

翌朝。前日に入り損ねたお風呂に入り、当たり前のように引き出しからタオルを取り出す。
昨日、彼が畳んでくれていたタオル。
「……昨日はごめん。」
それが、彼に甘えているがゆえの、意地っ張りで、なかなか聞き分けの無い私の、精一杯の言葉。
うまく言えない自分ゆえの、ぎこちない言葉。


―――

家の洗濯乾燥機のピー、ピー、という音で目が覚めた。
慌てて乾いた状態の洗濯物を取り出す。

 


彼がいつもこっそり行っていた近くのコインランドリーは、潰れて無くなってしまった。
無論、彼のお陰で一度も行かなかった私がそれを知ったのはかなり後の事だ。

 

離婚することが決まって家具を揃える際、洗濯機を買うときに彼が言った「乾燥機付きにしなよ」はこのためだと後でわかった。
そんな時でもなお、彼は優しかった。


彼のお陰で、雨続きでもコインランドリーに行かずに済んでいる。

だけど、本当は、一度くらい一緒に行こう、って言ってくれても良かったのにな。
届かない愚痴をこぼして、乾いた洗濯物を片付けた。

 

しぇり