うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

離島のすゝめ(1)

 

今年の春はもう駄目だった。

駄目だったと言えばいつもそうだけど、半年前に両親がくたばって、同棲していた婚約者と別れ、会社を辞め、加えていつもの鬱と不眠だ。さすがにもう駄目だった。落合南長崎の十九番線ホームで、朝から夜までそこにいた。逆立ちで雪見だいふくを食べる気力もない。玄関の式台にふわっふわの毛布をひいて蹲った。それでも泣いて暮らす気持ちにはなれなくて、

 

「スギ油」
「ろう」
「ドアムテプ」
「ガム」
「亜麻布」
「おがくず」
「ハピー」
「樹脂」

 

まじないのように唱えながら、ベランダで珈琲牛乳を飲んだ。ふと気付けば人生が迫ってくる。いつまでもこうしてはいられない。かといって立ち向かうには少し疲れたし、ここは逃げるべきだと思った。でもどうやって? どうやってでも。なにがなんでも。ちっちゃなころから逃げるなら離島だと決めていたので、

 

だからそうした。

 

......

 

羽田から那覇まで11800円。
マルエーフェリーに乗って割引を効かせたら1200円。

 

海はいつでも広大だ。沖縄県本部港から鹿児島県は与論港へ続く航路の途中、二等寝室の窓から、たまに大きな渦潮が見えることがあった。深い青にぽっかり空いた白いサークル。陽が差しているわけでもなく、魚群が浮かんできたのでもない。そこだけ切り抜いたように白く塗りつぶされる真円はフェリーに合わせて移動し、どこまでも追ってくる。自動販売機の焼きおにぎりを頬張りながら俺はじっとそれを見つめていた。インターネットでは地獄の記事が更新される。

 

>いつもあやまりながら
>回てんばっかりして
>みっともないから
>やめなよって
>こえがするのに

 

船内は思ったよりも人が少なくて、ひんやりしていた。うっかりチケットをなくさないように握りしめながら、ギーザがいた頃のムームサイレントヒルのサウンドトラックを交互に聴く。船室の日影があまりにも心地よくてもうこのままここに住んでも良いなぁ、なんて思ったりもする。

 

穏やかだった。
こういう人生もあるのだ。
みんな知らない振りをしているだけで。

 

やがて船内にいることにも飽きてコンパスデッキに顔を出せば、丁度、大柄なスーツの男が欄干を跨いで、満面の笑みで腕を広げていた。風が吹き荒れ、イヤホンが片方だけ飛んでゆく。ためらいがちに「こんにちは」と言ってそばに寄った瞬間、波に煽られた船体が傾いて「あっ」と呟いたときには遅く、男は海の深みに消え、白いサークルは一瞬だけ膨張して立ち消える。

 

......

 

驚いて目が覚めると同時におでこを打った。
いつの間にか眠っていたみたいで、焼きおにぎりが一つ足元に落ちている。呼吸がおぼつかない。夢の通しんプロトコルに則って空が滅茶苦茶に青かった。それからすぐに到着を告げるアナウンスが鳴る。船内はにわかにあわただしくなり、ジェド柱、すじかい、カルトナージュ、スカラベ厨子、ミイラマスク。港が近づいてくる。

 

強烈な陽射しにめまいがして、
俺はパズドラをアンインストールした。

 

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......

 

(続く)

宇田川@ijafad