うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

いつまでもゆううつなひとたち

 あなたたちがどんな気持ちで飛び降りたのかは分からない。

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 誰かが一言『上っ!』と呟けば、上方になにか得体の知れない不安が膨らんでゆく。そういう時代だった。パキシルロヒプノールセルシンをすり鉢に放り込んで、何食わぬ顔で学校に向かう学生であふれていた。教室を天井から俯瞰すると、その大半は俯いていて、最後列ではまるで幽霊のようなメンヘラリティが手首を切っていた。救われようと思ったらそうすることができたのに、みんなこぞって地獄に堕ちたがっていたように思う。

 地獄に堕ちるならより早いほうがかっこいい。飛び降りるマンションはより高いほうが尊敬できる。よりダイナミックに死ねば一躍ヒーローだ。まさにそういう時代だった。もちろんそれは正しくて、死んだものがより強い正義だった。だから頭の冴えている奴から順番に飛び降りる。もう誰にも止められない。

「一緒に死にませんか? よろしくお願いします(/o\)」
 
 特別暑かった夏の日に、面識もないのにいきなりそんなことをメールしてきた女の子がいた。名前はもう思い出せない。左に比べて右の瞳孔周辺が青いと噂のあった女子生徒で、手首には漏れなくリストカットの跡があった。忠告をしなくても傷跡は縦に割れていた。

 親水公園の浮浪者が「永遠!」と叫べば、腐りかけの豚汁をそっと手渡すゴッドが二人はいて、日照時間は規定通り、毎日が恐ろしかった。俺は週に二日、インターネットでは星が一つで有名な精神科に通っていた。そしてある日、三連ピアスをこれ見よがしになびかせる精神科医に「もうここにはこないで欲しい」と言われた。

「どうしてですか」
「どうせ宇田川くんは治らないし」
「治らないって、なにが」
「頭が」

 なるほど頭が。別にこれと言って思うことはない。そういう振りをして、だけど内心死ぬかと思った。頭が治らないって一生このままっていうこと? おいおいなんとかしろよ。思うままに罵倒していいから最強の処方箋をくれよ。それから毎日、首のない母親が金魚すくいをしている夢を見た。夕暮れにはサイレンが鳴って、大切に思っている順番に人が死んだ。もちろん夢の話だ。

「一緒に死にませんか? よろしくお願いします(/o\)」
「おっけー。じゃあ一緒に飛び降りよう」

 きっと何も考えていなかった。だからそんな返信ができたのだ。返事を待つこともなく、それきり、その女の子とはまったく関係のない人生の悲しみを抱えて、弾けるように家を出た。そうして栃木県は宇都宮の餃子センターまでやってくると、携帯電話をトイレのゴミ箱に捨てた。そこにあなたはいなかった。東京都在住の女子高生が飛び降り自殺をはかったというニュースは一向に流れてこない。餃子定食はこれ以上ないくらい格別に、スーパーに、ミラクルおいしかった。天気予報はしつこく「曇りのち晴れ」を叫んでいた。みんな死んでしまえば良かった。

  ***

>たとえば祈りや美などの,いわば陶酔的脱臼にもみられるのは,祈りのカイロース(永遠)を説くティリッヒ(PaulTillich),ファウストに「時よ,止まれ」と叫ばせたゲーテをまつまでもない。

あなたたちはどこにもいなかった。

>また, 「ベッドやおふとん」と話す女性も,その過去において「人間のいないところでも住めると思っていた」し,現在にあってその緊張で混迷し,その未来には「なにかこわいものがやって来そうな感じがする。」

誰もいない。
助けて欲しいと思う気持ちすらなかった。

今までたくさんの夢を書き留めてきたけれど、本当のところを話すなら、ただ幽霊になりたかったんだ。あなたについてなんか書きたくなかった。コンビニでヨーグルトを買いたくなかった。社交辞令もしたくなかった。幽霊になりたかった。本当にそれだけだった。産まれたときからいまこのときまでずっとだ。でなければせめて幽霊と友達になりたかった。肩を組み合わせて「おまえの人生はゴミだな。もう取り返しがつかねえよ」と笑い合っていたかった。それが叶えば他には何もいらなかったのに。

「助けて欲しい」
 
 インターネットでは誰もが口を揃えてそう言った。それが本心であろうがなかろうが全員助けてあげるべきだったし、でなければインターネットの屋上から飛び降りるべきだったと思う。完全な球体をかち割ってみればそこには何もない。そんなこと分かりきっているのに!

 思い出されるのは「とっても気持ちが楽になるヨ」と言われて、広尾の交差点で幅を利かせる謎のイラン人からルーランをワンシート3000円で買ったことであり、誰もいない教室で、一人、立ち尽くしていた夏のことだ。あるいはお互い目を合わせずに挨拶を交わした九月十八日の大阪、堺市産業振興センターブラームスの一番で寝てしまった武蔵野文化会館。錦糸町のおでん!そしてあなたがまだ飛び降りていなかった、あの日の。

  ***

 思えばいつも夢日記を書いていた。センチメンタルに言えば、一つ記事を書くたびにそのたびに傷ついて、全人類が救われなければいいのになぁと思った。夢の中では虹色のホーキンス博士が百回くらい記者会見を開いていたし、そのうち四、五回は本当に隕石が落ちてきた。左手の指は絶対に六本あって、得体の知れないインターネットが毎日メールをくれた。

 それはつまり「一緒に死にませんか? よろしくお願いします(/o\)」割れるように頭が痛かった。高校を卒業してそこそこ良い大学に入った。はじめて独り暮らしをした。目的不明のサークルに入ってすぐに辞めた。人を殺した。大丈夫、それは多分夢の話だ。土曜日の夜には必ず麻婆豆腐を作った。真面目にバイトすることが嫌だったから治験で生活費を稼いだ。毎日メールが来て、毎日それを削除した。大学を辞めた。

「おっけー。じゃあ一緒に飛び降りよう」

 自分でも書いた覚えのない日記には『あと十分で解脱する』と記されている。『人生がつらいのはホルモンバランスが乱れているからだ!』とも記されていて。どうしてもそんな人生に耐えきれず、かと言ってマンションの屋上から飛び降りるほどの度胸もなく――。

 2014年以前、インターネットにはたまに幽霊が現れた。誰かが「こっちに来るな」と叫ぶとそっちへ行った。「そっち」になにがあるのか分からないまま、`id` int (YOU) NOT NULL , 学校の屋上から女の子が飛び降り、誰かの心に馬鹿みたいに綺麗な花が咲いた。次の休み時間には、男の子が飛び降り、その翌日には、あなたが飛び降りた。あなたというのが誰のことなのか、もはやうまく思い出せないのだけれど、確かにあなたは飛び降りて、間違いなく死んだ。

 少しずつ記憶が薄れてゆく。インターネットの名前が十を超えたあたりから、いちいちハンドルを覚えておくことを辞めたように思う。輝かしいメンタルヘルスでたまにはツイッターをやる。ハート型の何かに数字が書き込まれる。アカウントを削除し、別のアカウントを開設する。2014年以降の話だ。2014年以前、あなたたちは学校の屋上から飛び降りてインターネットになった。

 膨大な情報アーカイブに隠れるようにして、ひときわ鮮やかな花束の画像が紛れ込んでいる。花束には「おっけー。じゃあ一緒に飛び降りよう」というタグが仕込まれていて、どうやってもあなたたちの名前が思い出せない。ただひたすらに視界がぐるぐると回転している。得体の知れない不安が吹き上がり、この文章はここで打ち切られる。ここに救いはない。もしもこの文章を読んで誰かがうつむいたとしても、それはその人間の責任だ。

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 俺は一切責任を負わない。
 あなたの名前が思い出せないことと、
 あなたたちが飛び降りたこと以外は、全て。


宇田川@ijafad


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◎参考文献

分裂病症例の現存在分析からみた ひとのつまづきの構造
宮崎 俊明

自殺に関する研究の現状
石井 敏弘

統合失調症の家族研究の変遷
田野 中恭子

学研の図鑑12 星・星座

大日本天狗党絵詞
黒田 硫黄

幽霊 近代都市が生み出した化物
高岡 弘幸