うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

《10月企画バトン》絵描きの幸福

 

 

 おちうること。あなたのまね。とべぬこと。飛び魚のはね。叫ばぬこと。ときのしらべ。ノートルダムの鐘。わたしのゆめ。赤い屋根。溶けだす殻。清らかな水。くぐりぬける木陰。わたしは、立っていた。濡れた土のつめたさと足の肌の熱さを感じて。わたしは、見ていた。苔がひをあびてよろこぶさまを。わたしは、むさぼっていた。わたしは、それを少しずつ、ゆっくりと。植物が花びらをひとつずつひらいて、それをつまびらかにするように。わたしも愛を噛まずに食んだ。

 

 鯨に鱗はあるの?鯨は哺乳類だからないよ。ねむりに暗闇はあるの?それは死だから暗闇はないよ。節度を保つこと。いいえ、私は傲慢なの。いっとう澄んだ水を汲んできて。降り止まぬ雨。飛べない翼。繰り返す声。わたしはいったいどこにいるの?わたしはいったいどこにいるの?あなたはそこ、ここ、赤い炎のなか。燃えている、あなたが燃えている。星が落ちてきた。空も落ちてきた。ああ、世界が反転する。回転する。落ちてくる、落ちてくる!

 

 うまく話せないから黙っていて、 黙っていてね。わたしの声に静寂が詰まってしまっても黙っていてね、静かにしていて。黒いトマト。世界はもうどこかへ行ってしまった。わたしは消えてゆく。消えてゆく。

 静かに、静かに。

 身を守るの。あの場所へ帰るのよ。ガラスのコップは落ちて砕けた。だめ、だめ。くるってゆくの世界は。くるってゆくの。あなたはあの森を歩いて、空が暗いことに気づくのよ。火を焚いたら獣がでるわ。あなたはその爪で深い傷を負うの。雨があなたを濡らして、熱を奪い去ってゆくわ。あなたはもうどこにも行けない。

 治る、治るの。

 もう一度、踏みつけたあの花びらを拾うのよ。さあ拾って。そう、抜け殻は捨ててしまって、また初めに戻ればいいの。滑らかな皮膚。あなたのもの。誰にも傷つけられないあなたの肌。石の花を溶かして、それを全部飲んでしまって。たったコップ一杯にしかならないわ。あなたの命はわたしのもの。涙はどこにも流れない。味覚を焦がしてしまえば、味なんてわからない。少し開いた戸に滑り込んで、わたしは、鍵をかける。あなたの首……

 あの猫にチョコレートをあげて。あだばなが咲いたわ。項垂れて眠る。夢を見た。首輪を盗む夢を。ガラスが割れる音がして目を覚ました。わたしの部屋には風が吹き込んでいた。西の窓も北の窓もこなごな。仕方のないことなんだわ。だってわたしのことだもの。たとえ部屋が燃えたって仕方ないわ。それに大丈夫。わたしは生きているんだもの。花にオレンジジュースをあげる。わたしがいちばんお気に入りのジュース。すこし高価だけどいいの。大切な花だから。これで一年中わたしの部屋は外の海に溶け込むことができる。お花ともお友達ね。せっかくだからどこかへ飛んでゆこうかしら。あっ、小さな燕が鳴いてる。

 スミレの歌声。陽炎の涙。アスファルトの怒り。蟻のよろこび。熊の昼寝。星の嘆き。わたしのただしさ。わたし紙飛行機にのってとっくにへ行ったら、もう帰ってこない。わたしがつけた肌の傷。それは徐々にあなたから消えてゆく。雲がそらを流れるやさしさで薄くなってゆく。浅い眠りがわたしをおだやかにしたの。この宝物を大切にして。あなたにあげるから。