うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

こえだめ

 

ぼくは学生時分に便秘であった。はじまりは小学生の低学年、ひょっとするとそれ以前から。25年間生きているほとんどを便秘の身として過ごしてきたものだから、はっきりと記憶していない。
母いわく「うんちを我慢する癖があった」らしい。便意も催すと両手両膝を床に着けて四つん這いになり、お尻を突き出す格好になるんだとか。
なるほど、肛門を上に向けていれば、うんちを排泄しようとする腸の動きにすこしは抗えるのかもしれない。なにせ、この地球には引力が働いているものだから。

 

もしもぼくが、もっともっと早い時代に生まれていたなら、この我慢法に「引力」発見の糸口を見出したのかもしれない。
科学の教科書には「ニュートン」ではなく、ぼくの名が載っていたのかもしれない。かの「木から林檎」は「肛門からうんち」であったのかも。

 

便秘があたりまえと思っていた人生、改善に努めようと思ったことは一度もなかった。
しかし、大学を卒業し社会人となってから、次第に改善へと向かった。殊更なにかをしたわけではない。ぼくの就職した会社の環境がそうさせた。

 

デスクワークが基本的な業務の会社であった。残業があたりまえな業種であるがゆえ、毎晩遅くまでオフィスで、パソコンのディスプレイとのにらめっこを強いられた。いつもドロー。そう、どちらも笑わない。

 

ディスプレイは「笑わない」と表現するのが至極当然だが、ぼくについてはそう表現すると少し誤りがある。

 

ぼくは「笑えない」のであった。

 

原因は、オフィス内に蔓延る重苦しい空気にあった。発信源はトップの上司。要するにそのオフィスのなかでいちばん偉いひと、である。

常に眉間に皺を寄せ、話しかけるといかにも機嫌が悪そうな低い声色で「んん?」と返事をする、そんな彼から放たれる過度な緊張感に、入社初日から圧倒された。他の社員たちが威圧され小声で話す様を見て「どうやらこの部屋には寝かしつけた赤児がいる……?」と思ったほどだ。

 

極力その上司とは話したくないのだが、判断の難しい事案があれば、しぶしぶ彼に話しかける必要があった。そのときは皆、ドミノ倒しを並べている最中のような「触れてはいけないが、近づかなければ事が進まない」というストレスと戦っていた。

 

そうしたオフィス中にある重圧に耐え兼ねたぼくは、トイレに逃げ込むようになった。やはり重力には逆らえないものである。

 

トイレの個室に避難すると、すぐさま便座に腰を下ろす。それからの数分間だけが、ぼくの心が平静を取り戻す唯一の時間であった。

 

ぼくはトイレで毎度、ツイッターを見ていた。そして、思うことがあればつぶやいた。上司をはじめとする会社への不満をぶちまけるときもあれば、無関係で阿呆なことを書いたりした。

 

そうしていると、投稿する文字を入力している間に、便意がやってくることがある。どうやら頻繁に便座に座っていると、うんちは下へ下へと引力で落ちてゆくらしい。……やはりニュートンの席にはぼくが座るべきでは。

 

現実、座っているのは、便座。
次第に引力によってうんちが出るようになり、社会人になって丸一年が経つ頃には便秘が改善された。それはトイレに避難し、ツイートし続けた、ということでもある。

 

ぼくにとって会社のトイレは、うんちを出す場所であり、ストレスを吐き出す場所となった。

 

毎日、目的を持たない声を、トイレからタイムラインへどんどん溜めている。それは今日まで続いている。きっとこれからも、繰り返すのだろう。

 

そんなぼくにとってのツイッターは、「声溜」とでも呼ぶべきだろうか。

ぼくはいったい、クソみたいなツイートをいつまで続けるつもりだろうか。

 

やれやれ。

快便なのに、笑えないのであった。

 

以上

 

 

 

駄文を失礼

ぱまお(@pamao__)