長過ぎた前置きを消すことができない弱さについて
残業残業雨残業(これはどの程度の範囲まで伝わるネタなのか)という感じの多忙な時期を乗り越えて、ゆとりある生活が戻ってきた。ゆとりがあり過ぎて午前9時ごろからブログを書ける。
残業といっても、世の中の社畜(会社に飼い慣らされて思考を停止し、動物化した畜生)様に比べると大したことはない。19時に業務を終えて20時過ぎには帰宅できるなんて、残業のうちに入らないとおっしゃる患者さんも多いことだろう。
ただ、朝の7時までには家を出て、帰ってくるのが20時だと、仕事のための時間が13時間。6時間くらい睡眠をとりたければ、残された時間は5時間しかない。
前日に残した洗い物を片付け、それから食事を作ればそれだけで1時間経つ。その上で食事を摂って、風呂にも入らないと。さらに、少なくとも3日に1回は洗濯をしないと困ってしまう。
当然、これらすべてを労働による疲れを感じながらこなさなければならない。
これは仕方ないのだ。分かっている。そうしなければ非人間的な生活をする羽目になってしまうのだから。
評論家の宇野常寛氏だったと思うけれど、数年前に氏のラジオ番組で、都心部において夫婦が共働きして生活するとき、家事を完璧にこなすことはとても難しいという話をしていたように記憶している。通勤時間を極力圧縮しないと無理っていう話だったかな。
実感として正しい話だと思う。私自身は家事をこなすためのエネルギーが残るように省エネで仕事をするように心掛け、極力定時で席を立って17時半には帰宅できるようにしているが、それでも平日に部屋の整頓や細かい部分の掃除までは手が回らない。
だって疲れるじゃん。
現代の都市生活には息苦しさが蔓延している。必要なカネに対して貰えるカネが少ないからだ。
旧世代が働き蜂として汗を流し、豊かにしてくれた日本という国に生まれた私たちは、技術力に比例して高くなった生活水準の平均値を維持するために、昔よりも多くのカネを必要としている。しかし企業は功労者たる旧世代に多くのカネを払ってしまっているので、後からきた若者たちには安い待遇しか与えることができない。
共働きするしかないでしょう。少なくともパートはガッツリやってもらわないと貯金なんかできませんって話だ。
あ、上位数パーセントの高収入若手の話はしてませんからお帰りください……って、
どうしてこんな話になったんだよ。
こんなつらい話をするくらいなら、ふわふわパンケーキが美味しいぽよ〜みたいな脳みそスカスカな話がしてぇわ。
そもそも生活に少し余裕が取り戻せたから少ない時間でクライムサスペンスもののアニメを見漁ってますって話がしたかったんだわ。
権力機構っていうのは暴力を合法的に独占することによって成立するみてぇな話から監視社会と化した現代を憂うみたいな話がしたかったんだわ。
ハーッ!おちんちんおちんちん!おちんぽちーーーーーんぽっ!!!おわりっ!!!!