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うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

真っ白な灰に何の意味がある

本意ではなく誰かを傷つけてしまったとき、割と落ち込んでしまいます。謝って済むことならそれでいいんですけど、たまに大袈裟じゃなく人生狂わせちゃったなってレベルでやらかすこともありまして。

 

罪障感という言葉があります。

罪の意識に苛まれて、一生その罪を抱えて生きていかなければならないという宿命を背負ってしまったという意識。誰かを傷つけたことが自分の心の傷にもなってしまうこと。

たとえば「あしたのジョー」(例が古い!)で、ライバルの力石徹をリング上で殺してしまったがゆえに自分もリングで死なんとする覚悟でボクシングと向き合う矢吹丈の心の中にあるのが、罪障感。

 

「私は罪障感を抱えています」という旨をアピールをしていた頃がありまして。 いや、未だにやってしまうこともあるんですけれども。それは置いといて、そんなことを言うと周囲の人たちは「大丈夫だよ。悪いのはあなただけじゃないし、そこまで気に病む必要はないよ。仕方がなかったんだよ。」という当たり障りのない反応をします。それはそうですよね。だってめんどくさいもの。

当然こちらも後には引けません。「いや、やっぱり自分は罪人だよ」と。

 

今でこそ自分に「酔ってんじゃないよボケ!なんぼのもんじゃい!」と言いながら脳天にチョップをしたくなったりもしますけど、そのときは酔ってますからね。シラフで酔ってる人ほど醜悪なものはないのに、そんなことにも気付けませんでした。

不思議ですよね。ナルシシズムなんてリスキーなものでしかないのは、そこら中で展開されるナルシスト批判を見れば誰にでもすぐ分かるのに。

 

美学はあった方がいいし、自己愛も用法用量を正しく守れば良い薬。罪の意識を抱えて生きるのだって自戒がその後の振る舞いに活きてくるなら、とても有用じゃないですか。

だけどそういうのは心の内に秘めておかないと、価値がプラスからマイナスに転じてしまうことが多いんですよね。沈黙は金です。

って、ブログでベラベラ語ってから言うようなことじゃないですが(笑)

 

昨日のことよりも、あしたのために。

背負うなら未来のことがいいな。