うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

世界はひとつになれない

賛否両論の暗喩と化した星野源の話をする。

 

イケメンではない。誰が言ったか知らないし、誰も言ってない可能性もまぁまぁ高い、星野源イケメン説。「イケメン」の定義にもよるが、やや魚顔である。

ブサイクでもない。チヤホヤされている彼を見て、なぜチヤホヤされているのか分からないがために、妬ましさから一定数の人が言ったであろう、星野源ブサイク説。「ブサイク」の定義にもよるが、やや魚顔なだけである。

 

芸能人は外見もひとつの商売道具だし、バラエティ番組に頻繁に出演しているのでもない限り、自分から詳しく知ろうとしなければ外見による判断がそのままタレントの評価になる場合も多々あるだろう。

 

世界はひとつじゃない

ああ そのまま ばらばらのまま

世界はひとつになれない

そのままどこかに行こう

 

星野源がソロデビューした2010年、最初にリリースしたアルバム「ばかのうた」の1曲目。「ばらばら」の最初のフレーズである。

今の彼に対する評価、彼について語ろうとする人々をそのまま詞にしたような、そんな歌。

そして、それは至極当たり前のことだ。とても普通の人が言う、普通のことだなと思う。少し安心する。

 

ただ、どちらかに偏った方が、生きることは刺激的になる気がする。

「人それぞれいろんな考え方があるからね、だから肯定的な意見も否定的な意見もあるよね」よりも「あれが好き!これが嫌い!」って表現した方が、しなかった人より何か起こりそうな気がする。良い意味でも、悪い意味でも。

客観的に物事を見ることができるのは重要だが、そのために主観を捨ててしまうなら、代わりに監視カメラでも置いておけばいい。そこにお前は必要ない。

観察者である前に、ひとりの表現者でありたい。だから僕は星野源が好きだと言おう。彼のマルチな才能は、いろんな場面で僕の心を少し豊かにしてくれる。

 

土はこれからもぬかるむだろうけど、アスファルトで固めようとしなかったくだらない心の上に建てた家で、ばかなうたでも唄いながら一緒に揺れようぜと、優しい声で語りかけてくる彼は、すごく魚顔である。

長過ぎた前置きを消すことができない弱さについて

残業残業雨残業(これはどの程度の範囲まで伝わるネタなのか)という感じの多忙な時期を乗り越えて、ゆとりある生活が戻ってきた。ゆとりがあり過ぎて午前9時ごろからブログを書ける。

残業といっても、世の中の社畜(会社に飼い慣らされて思考を停止し、動物化した畜生)様に比べると大したことはない。19時に業務を終えて20時過ぎには帰宅できるなんて、残業のうちに入らないとおっしゃる患者さんも多いことだろう。

 

ただ、朝の7時までには家を出て、帰ってくるのが20時だと、仕事のための時間が13時間。6時間くらい睡眠をとりたければ、残された時間は5時間しかない。

前日に残した洗い物を片付け、それから食事を作ればそれだけで1時間経つ。その上で食事を摂って、風呂にも入らないと。さらに、少なくとも3日に1回は洗濯をしないと困ってしまう。

当然、これらすべてを労働による疲れを感じながらこなさなければならない。

これは仕方ないのだ。分かっている。そうしなければ非人間的な生活をする羽目になってしまうのだから。

 

評論家の宇野常寛氏だったと思うけれど、数年前に氏のラジオ番組で、都心部において夫婦が共働きして生活するとき、家事を完璧にこなすことはとても難しいという話をしていたように記憶している。通勤時間を極力圧縮しないと無理っていう話だったかな。

実感として正しい話だと思う。私自身は家事をこなすためのエネルギーが残るように省エネで仕事をするように心掛け、極力定時で席を立って17時半には帰宅できるようにしているが、それでも平日に部屋の整頓や細かい部分の掃除までは手が回らない。

だって疲れるじゃん。

 

現代の都市生活には息苦しさが蔓延している。必要なカネに対して貰えるカネが少ないからだ。

旧世代が働き蜂として汗を流し、豊かにしてくれた日本という国に生まれた私たちは、技術力に比例して高くなった生活水準の平均値を維持するために、昔よりも多くのカネを必要としている。しかし企業は功労者たる旧世代に多くのカネを払ってしまっているので、後からきた若者たちには安い待遇しか与えることができない。

共働きするしかないでしょう。少なくともパートはガッツリやってもらわないと貯金なんかできませんって話だ。

あ、上位数パーセントの高収入若手の話はしてませんからお帰りください……って、

 

どうしてこんな話になったんだよ。

こんなつらい話をするくらいなら、ふわふわパンケーキが美味しいぽよ〜みたいな脳みそスカスカな話がしてぇわ。

そもそも生活に少し余裕が取り戻せたから少ない時間でクライムサスペンスもののアニメを見漁ってますって話がしたかったんだわ。

権力機構っていうのは暴力を合法的に独占することによって成立するみてぇな話から監視社会と化した現代を憂うみたいな話がしたかったんだわ。

 

ハーッ!おちんちんおちんちん!おちんぽちーーーーーんぽっ!!!おわりっ!!!!

帰らない、でも待っててね

 

 

 

今週土曜御茶ノ水で18:30に待ち合わせよう、というのがわたしと幼馴染との最終的な会話の着地点だった。

 

部活終わりにせっせと楽器を片して、弓についた松脂を拭う中で「前回会った時はつまんなかったよなあ」と幼馴染との再会を特に喜んではない自分がいた。

 

 

わたしと幼稚園から幼馴染の彼女は、正反対だ。

活動的でバレーボールをやっていた彼女と、インドア派で図書室でダレン・シャンシリーズを片端から読み漁っていたわたし。

わたしは私立中学に進学して、彼女は地元の中学へ進学して、それっきり私たちはいま住まう場所さえも違っている。

 

ただ、小学生の6年間の登下校を共にするくらいには、仲がよかった。他の幼馴染を含めて4人で毎週金曜は、わたしの家で先週のエンタの神様で観た芸人のネタを披露するそいつを他の2人とわたしが見ては笑い転げるのが通例だった。今考えたら意味わかんないけど、小学生なんてわけわかんないことで面白がってるもんである。

 

でも大学生になっても根本的な考え方は全然違うようで、家庭になんか入るもんか、ひとりで生きていくんだと意地を張るわたしにとって、家庭に入って安定した生活を送りたいと思う彼女はとてもつまらない人間のように見えていた。

「いまの彼氏は束縛強いけど、まあ結婚できたら安牌だよねえ」と日本酒をかっくらう一年前の彼女の姿を見ながら、「なにこいつ全然つまんねえなあ、もっと失敗しろよバーカ」と当時セフレがいたわたしはハイボールを静かに飲みながら思っていたわけで。

 

 

 

重い足を引きずりながら、御茶ノ水駅の聖橋口で待っているという彼女の姿を探して、目に映るまでは、ほんとうに帰りたかった。無駄な時間なんだろうと。

 

 

 

ただ、聖橋口の切符売り場の柱にもたれて携帯をいじっているその彼女の姿をみて、「ああ、ほんとうになんでこいつが東京なんかにいるんだ、」と思って、笑いが止まらなくなっていた。

 

 

「よー久しぶり」

『うわー全然変わんないじゃん」』

「お互い様でしょ、おかけで見つけやすかった」

『あ、田舎者オーラ出てました?すっみませーん』

 

嘘だった。ほんとうに綺麗になってて、最後に地元で会った彼女とは違っていた。変わっていた。それが少し寂しかった。

 

 

御茶ノ水のミライザカで話を聞けば、一年前に付き合っていた彼氏とはもうすぐ別れるつもりでいて、確かに結婚はしたいけど学費を自分で稼ぐ彼女にとって就職して2、3年は働くことは避けられない運命らしい。

失敗したくなかったのだ、と彼女が澪を飲みながらつぶやきはじてから、黙って耳を傾けた。

失敗したくなかった自分が、出来のいい兄や姉とは違うのだということを希望する大学への受験に落ちたことで思い知ったこと、親に言われて歩いてきた教師への道を歩むのを自分の意思でやめたこと、失敗したことで自分のやりたいようにやりはじめられているということ。

彼女は淡々とそういうことを語ってくれた。

 

 

わたしは彼女の中高時代を、その時聞くまで知らなかった。

それは彼女も同じで、私たちは4人の幼馴染の中で最も距離が近いふたりのはずなのに、何にも知らなかった。

知らないことを責めることすら、頭にないくらい、私たちは近いようで遠かった。

 

 

『あー話せてよかった。なんでホテルとっちゃったんだろー泊まりにいけばよかった。』

「じゃあまた今度だねえ」

『年越し帰っておいでよ。絶対ね』

 

そう言って、彼女はわたしと違う方角へと帰っていった。

手を振りながら、帰省する日はいつだったか、と考えている自分がいた。

 

 

 

わたしは、きっと地元には帰らない。

帰りたくない理由もある。家族がいずれ地元を離れて東京に来るかもしれない可能性があるから、というのもある。

だからきっと、彼女とまた会うには会いに行かないと会えないということになりそうだ。

 

帰らないつもり。でも会いにいくから、待っててほしい。

 

 

 

 

透子

 

2016/11/29 のタリーズにて

 

 

約1ヶ月半ぶりに会う母を、駅の二階にあるタリーズのカウンター席で待っている。

今日は寒くはない。ただもう秋は戻ってこないんだな、という感じはする。

 

 

 

最近は割と""ちゃんと大学生している""つもりで、言い換えれば課題に激詰めされていただけなんだけど。1日が自分の独り言で終わることが続いて、なんかちょっとつらくなった。のでブログを書く。

 

 

 

昔からそうなんだけど、タスクが自分のキャパシティを超えてしまうと結構他人に相談する心の余裕すらない、という特性がある。周りも見えないし、自分の方向性すらわからなくなる。やることの量だけに打ちひしがれてしまう系ダメ女なのである。そしてそんな自分を絶対に他人に見せたくなくて、整理がつくまでは他人の前に現れないという固い決意のもとに引きこもっちゃうのである。

いちばん訳わからんのは、そのまま全く現状抱えてる問題に関係のない将来の不安まで引き連れてきて、一緒に百鬼夜行しちゃうやつである。『就活どうしよう』『わたしこの先どこでどうやって生きてくんだ』『楽器やり続けるのかよ』『いま仲良くしてる友達といつまで仲良くできるんだろう』とか。

 

 

今回の大学の課題案件や他にも最近インターンシップとかに参加したりして、まあキャパオーバーで引きこもりみたいになってたんですよね。ルーチンワークのバイトだけが過ぎていく日数と曜日を数える目に見えないカレンダーみたいだった。

 

 

結局うだうだ泣きながら英語で750ワード以上という規定のある課題をやり終え、提出日の1週間後に出したら、『おーやどかりじゃん、先週休んでたねえ」 』「まあ課題終わってなかったしねー、どうそっちは」『わたしも今日出すよ、まあフツーに〆切に間に合わないよね、前回もMartinに提出しろって言われたけどフツーにわたし誤魔化したし』

 

 

それを聞いた時に、この子のことを羨ましいとちょっとおもってしまった。

わたしはカッコ悪いわたしが大ッ嫌いで、それを他人に言及されるのも好きじゃなくて、他人の目から隠すことでしかカッコ悪いわたしを扱えない自分のこともまあまあ嫌いだ。

 

だから課題が終わってなかったのにも関わらず前回の授業に来たその友達のことを、内心ですごくすごく羨ましがった。こんなことですぐ追いつめられていらんことまで考えてタスクが終わらなかった自分が、すごく惨めで恥ずかしくて、またひとつ嫌いになった。

 

 

あーこれめっちゃ鬱っぽい文章ですね。

いや、フツーに元気なんだけどね。うん。

おかんは電車の遅延で遅れてくるそうです。おわり。

 

 

 

透子

 

 

 

 

中身のないことを惰性で書かせたら右に出るものはない夜の自分自身について

月が大きい晩には何かを語ろうという気分になる。あるいは、それは啓示のようなものなのかもしれない。普段は暗い意識の奥底に沈んでいるものが高くあがった月の光に照らされて、曖昧だった輪郭が実線になってくるような、そんな夜があるのだ。

 

僕はケトルに水を注ぎ、ガスコンロに火をつけてお湯を沸かす。帰り道にスーパーマーケットに寄って買ってきたインスタントコーヒーの瓶から香ばしい粒をすくって、マグカップの中に落とす。この何気ない瞬間が、僕はたまらなく好きだ。夜の冷たい空気に包まれた時間が、穏やかに流れていく。

 

さぁ、今夜も空虚で小さい自分に強い光を当てて、壁に大きな影を映しだそう。

「贋作も永遠に見抜かれなければ、いずれ真作になるよ」

いつか夢に見たピンク色の象が僕に語りかけた言葉を懐に抱いて、僕も美しい言葉で語り始める。いなくなったピンク色の象が待っている、ここではないどこかを目指して。

何となく、気付かされること。

「ねえ、なにか僕/私に質問ある?」

 

たまに初期の会話、お互いを知るところでそうたずねられることがある。こちらばかり質問してしまっては申し訳ないから、と。

 

正直、そういわれてしまうと困ってしまう。

相手のことを知るためにする質問、なんて、あまり浮かばないのだ。

そりゃあ、何歳?どこ住み?のような定型文的なところはまぁ訊くけれど。

 

 

リアルでは人との和を大切にする人って見られている印象らしいけど、多分上記のことからいって私は他人にそんなに興味が無いのだと自分自身気付かされる。

 

それが私のフィルターとして『見えている』人は一定数いて、そういう人にズバリ言い当てられたりするとなんだかバツが悪いような気持ちにもなってしまう。

まぁ、これは治らないだろうから、こういう自分ともうまく付き合っていくしかない。

 

 

ただ、このまま、そうやって、誰にも興味を示さず、孤独を抱えて生きていくのだろうか。それは怖いし寂しい気もする。

 

 

そんなことを考えるような、寒い季節になりました。

皆様、お体、ご自愛くださいませ。

 

 

酢飯

世界をふたつに分けたら

自分が「普通」であることがイヤだった時期があった。かなり幼い頃から割と最近まで、相当長い期間そう感じていたと思う。

他者と自己の差別化を図りたかったのだろう。目立とうとしてみたり、おかしな行動をしてみたり、ふざけてみたり、ワルいことに手を出したりもした。

「私はここにいるよ」

表現したいことはたったそれだけのことだったのかもしれない。

 

自慢ではないが、何をやらされても70点〜80点くらいの結果は出せる子供だった。ずっとそうだった。たまに腐って、30点でいいやと手を抜いたこともあったけれど。それなりにまともに取り組めば「よくできました」という評価がもらえた。

でもそれは「大変よくできました」でも「素晴らしい」でも「完璧」でもなかった。あくまで「よくできました」どまりだった。

そして残酷なことに、いつもなんでも「よくできました」だと、そのうち「よくできました」は「あの子ならそうだろうね」に変わってしまう。

 

高校生くらいまでには、私は「器用貧乏」を自称する立派なニヒリストになっていた。誰かが開けてしまった穴を埋めることは得意だったけど、穴を開けられては困ると誰かから求められる人には、いつまで経ってもなれなかった。

突出した個性でも、決定的にズレているところでもなんでもいい。私にしかないもの、私でなければいけない場所が欲しかった。そして、そんなものはなかった。

 

それでも私は、できるだけ人と違うことを言おう、人よりもおかしいことをしようと思った。だけど私はいつまで経っても80点しか取れなかったし、その20点分の不足はいつでも厳然とそこにあった。たった20点。されど20点だ。1/5も足りないと、その不足は簡単に見破られ、私はその都度「自分は普通だな」という認識を深めた。

 

そして私はいつしか「特別」であることを諦めた。一番こだわっていたことを諦めた人間は強い。もう何もかも諦められるからだ。「もうどうでもいい」は「全部バッチこい」とほとんど同じだ。

ふっと消えて無くなってしまいそうな儚さも合わせれば、なんだかそれはそれですごく魅力的に聞こえるじゃないか。

 

何かが「特別」な人はすごい。私は「特別」になれなかった。それは眩しくて見えないほどの強烈な光だったり、奥底が見えないほど深い深い闇だったりするのだろう。手を伸ばしても届かなかったけど、私は本当に「特別」の方に向かって手を伸ばせていたのかな。