うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

書き手のみなさまは特に、必読願います

 

 

みなさんどうもこんにちは、

赤坂に向かう電車の中でこれを書いています、管理人の透子です。

 

雨の日は傘をさせるからだいすきなんですが、さすがに今日は雨足が強いですね。足元も手元の自分の鞄も何もかも濡れてしまいました、いやはや。

 

 

 

 

2点お知らせがあります。

まずどこよのTwitterアカウントを諸事情により消しました。

 

親との問題、バイトの問題、友達付き合いの問題、未来の問題、と考えていたら爆発しました。考えなければならないことはいつも連なってやってくるというのは、あながち間違いではないのですねえ。こちらの至らなさで蔑ろにしたひとづきあいもあります、自分の不出来さがうざったくてちょっと強行突破しました。すみません。ブログは続けますのでだいじょうぶ。そこは心配しないでください。

 

尚、管理人のアカウントは最後に記すので、もし質問・感想等あれば気軽にDMなりリプライなりください。名前こそ違うかもしれないけど、まあこれまで通りの透子なので気にせず話しかけてください、嫌なら先行ブロックバチ決めよう!

 

それに伴って(?)、新しくルールを決めました。

 

このブログの記事の掲載期間を、1年にしたいと思います。

 

 

もうまもなく、このブログは一歳を迎えます。あと1ヶ月とちょっとくらいです、割と早かったなあ。

開設した頃はずっと残していてもいいか、と思っていたんですが、もうすぐ1年だしなんかしたいなと考えている時にそういうルールがあってもいいかなーと思い直して。

 

 

ここはみんなが溜まったものを吐きだす場ではあるんですが、それと同時にゴミ箱に入ったものをいつまでもまとめて捨てないわけにはいかない、と思っています。

 

吐きだす場はいつもクリーンでいた方が心地よいし、わたし含めみんなが後ろを振り返らず前に進めるための処置として、1年経ったらすべての記事を消したいと思います。わたしが代表で。

 

勿論わたしが消す前に自分が書いたものは自分で消したい!というひとは、全然消してくださって構いません。そこら辺もゆるゆるなので、自由にやってだいじょうぶ。

 

逆に消したくない記事とかがあれば教えてください、何かしらの策はたてます。いや、わたしも消したくない記事はたくさんあるんだけどね。

 

つまりだ、次の10月頭までにみんなたくさん更新してくれってことね。どうせ消しちゃうんだから、今のうちにたくさん吐き出しておこう。

 

 

 

 

はい、ということで誰にも相談せずに決めてしまったけども、頭ゆるゆるな管理人なのでごめんなさい、それでもよかったらまたみんなたくさん書いてください。

誰も見てないし、誰かは見ているから、安心して素のままでいましょう。

 

 

 

それではまた。

 

 

 

透子(@hereIam397)

 

 

 

 

 

 

言いたいことも言えずに

「」

ベンチに隣り合って座って話してた、彼が何を言ったのか一瞬わからなかった。

あとから「あぁ、ここがターニングポイントなのかな」ってじんわり実感が湧いてきて

「そっか、でも私は好きだよ」

って泣きたい気持ちをちょっぴり我慢してにっこりするしかできなかった。


ずっと彼に甘えてたんだろうなあ。

私の方が色々我慢してる、彼のためにこんなこともしたとか色々あったけど、でもそういうのは別に彼がしてほしいとか言ったわけじゃない。


独りよがりになってた。

私も自分勝手だった。


彼も言い出すのはすごくしんどかったと思う。

だって一緒にいた期間があまりにも長いから。


お互い真剣じゃなかったわけじゃない。

けど互いに甘えてるところがあったんだと思う。


でもでも、ずっと一緒にいたいなあ。


いせき

タイムアタック・三曲おすすめしようずの巻

 

 

 

えーと。
とりあえず、渋谷から吉祥寺に着くまでの時間で1本ブログ記事を書けとかいう謎の指令を承ったので書いてます、どうも。何言ってんだてめえ、という反論ができないままこうして書き始めている。

 

 

 

最近よくつるむひとがお題を出してプレゼンしたがるタイプのよくわからん狂人で。

それに躍起になってわたしもモノを選んではみるんですが、大抵その狂人の方がうまいセレクトにうまいプレゼンをぶちかましてくるという災難に立て続けて2回ほど遭っています。悔しい。

 

今回はそれをリメイクして、お題に基づいたおすすめの三曲を頑張って紹介する、的な内容にしたいとおもいます。

今回は、「ちょっとだけひとりでいてさみしくなった時に聴いてほしい」というものを集めてみました。いやお題じゃないじゃーん!とかいうツッコミはしないで。お願い。なんでもするから。 (もし「その曲知ってるー!」とかそういう声があがったらごめんなさい)

 

 

 

1. Ed Sheeran "I'm a Mess"


https://m.youtube.com/watch?v=OtZRC_0Vc_A

 


最近みんなTLでバンバン流れているかとおもいますけど、"shape of you" サイコーじゃないすか。
個人的にコードと歌詞がちょっとえっちな感じなのが好きです。聴いててからだが動いちゃうような曲はやっぱりウケますよね…

というところから始まって、Sheeranのちょっと若くてトーンは高いのに温度の低い声にハマった結果のセレクトがこちらです。

これいま慌てて歌詞調べたらがっつり失恋の曲らしいですが、それも頷けるような最初のさみしそうな歌い出しがとてもいいです。かなしいけど消して暗くはないテイストが聴いてて苦にならないというか。
失恋しなくても聴いて。失恋しても聴いて。

 

 

 

2. Kronos Quartet "The Beautitudes"


https://m.youtube.com/watch?list=PLtHA2-PaAY7eIpgF1Z_iKRK_IMlSlKV4z&v=FskOzt6INlQ

 

はい、サントラです。
パオロ・ソレンティーノの『グラント・フィナーレ』という最近の映画のサントラを探していたら偶然出会った曲なんですが、これがまた割といいんですよねえ…

バンド自体は現代音楽中心にやる弦楽四重奏団なのですが、この曲自体もサントラみたい。言い方ふわふわなのは全然調べてないからなんですが、この時点で次吉祥寺です。もう無理ゲーかよ。

曲についてすこしばかり。
冒頭をよく聴くと、中低音勢が静かにいるのがわかるんですが、そこに自然に乗っかってくる第1バイオリンの旋律のあたたかさにまずは聴き惚れてみてください。
全体としてゆっくりと拡がって収束していく流れと、かなしくはないのにどこかさみしそうなコードに注目ということで。

 

 

 

3. ペトロールズ "ないものねだり"


https://m.youtube.com/watch?list=PLtHA2-PaAY7eIpgF1Z_iKRK_IMlSlKV4z&v=UD-4bLTw3bU

 

はいきました、ペトロールズです。
東京事変が好きだったために、2代目ギタリストである浮雲さんの追っかけをしていたら辿り着いたこのバンド。これはまあみんなよく知ってるかなーと思ったんだけどでもオススメしたい。

うっきーこと長岡亮介氏のギターの見どころは、ずばり〈いろんな顔をみせてくれる〉ことにあります。事変の時もそうだったけど、うっきーが2代目としてメンバー入りしてから事変の曲のテイストの幅が広がった気がしませんか?あれは間違いなくうっきーのキャラクターが寄与して起こったことだと思っているんですが、めっちゃオタクっぽい文章すぎて書いてて引いた。

では曲について。
"ないものねだり"は、ペトロールズという3ピースバンドが決して長岡亮介を主体とした三角形ではなく、ベースのジャンボやドラムのボブの要素も欠かすことはできない、3人でひとつなのだと改めて思わせてくれるような曲だと思っています。無駄のない、洗練されたお洒落な曲という感じだろうか。歌詞はこれもまた失恋の曲なんだけどこれ失恋がお題でもよかった気がするね?

 

 

 

 


はい、ということで無事、三曲紹介し終えたので朝飯食ってきまーす。
朝起きてブログ書くの、割と楽しいけど全然時間足んねえわ。
みなさんよかったら聴いてみてくださいね、。

 

 


透子(どこよ @camelzback139)

 

 

 

 

 

 

大型新連載開始!!

 

 

あー***(@****)である。
管理人サマより「おまえは名乗るな!」とのこと、どうせ検閲で消されると思うんだけど、最初に名乗りを上げてみた。紳士だし。

 

 

さて、ブログですか?
何人かで無秩序に運営するブログはいずれ、コンクリートの壁に落書きされたグラフィティアートみたいな感じになるのかな。なにしろ書くテーマは自由らしい。私的な身辺雑記が塗り重ねられる場所では、まわりに類似色がない“固有の色”を出す方が賢そうだ。

 

 

固有の色、だとさ。

人間を色に喩えた安易は措くとして、そもそも個人の言葉に於ける固有性ってなんだろうね、という話だ。その延長上には、みなが「個性」として崇め奉る御神体の正体もありそうだ。

 

はっきり言うと、俺は個性という幻想をまったく信用していない。必死に自分の個性を吹聴する凡庸は、たとえばよく耳にする「わたしってよく変わってるって言われるの〜」という言いぐさへの反感を想像すれば分かりやすいと思う。
なんというか、個性は本来“孤性”とでも書くべき性質で、ほんとうに変わっているやつはいつも申し訳なさそうに俯いているものなんだ。どうせありがちな個性なら、それを恥じる羞恥心の方がずっと好ましい。

 

ところで、弱っている人間が魅入られやすい言葉にはふたつあるという。ちょっと考えれば分かる話なんだけど、それは「永遠」と「あなただけ」というやつだ。このふたつに通底するのは、人間に潜在する祈りである。

 

ひとは誰しも、特別で固有な存在「あなただけ」として認められたい。あまつさえそれが「永遠」に続くことさえ願う。
それはひとえに、たった1回だけ遊べるクソゲーで自分をやり抜くしかないからなんだけど、せめてそこに意味や価値を見出したい願いが個性を要請している。もちろん、マヌケな日教組が一緒になって個性教育の旗を振ってきた事情もある。実は教育の場で「個性」が謳われるようになったのは戦後からなんだ。人間それぞれの個性を価値として肯定しはじめたのは民主主義である。

 

そういえば、最近マストドンで友人がこんなことを言っていた。

 

「自分が特別枠じゃないと絶対に気が済まないんだよね、特別扱いしてくれない相手には興味がないんだよ」

 

なるほど率直である。
友人はたしかに衆目が認める個性的な人間ではあるけれど、俺はこれを「子どもの言い分である」と断じた。やや気分を害したらしい友人は「僕は精神年齢が著しく低いと自覚してるし大人を繕うつもりもなく散々公言もしてるが…」と抗弁する。

 

消極的な抗弁には少し違和感を感じたのだった。
子どもの振る舞いに開き直っている人間に「子どもの言い分」を指摘して、なぜ反発が生まれたのか。
察するにそれは、自分を特別な存在だと内奥で信じることはさておき、それを他人に求めても当然する発言には、やはり一定の羞恥を覚えたからだと思われる。

 

なんというか、「固有の色」を笑ったところから、いつのまにかずいぶん話が広がってしまった。これがブログの醍醐味だと言い訳することは易しいけれど、SNSとかブログとか、誰もが自分自身のあり方と格闘しているのが現代だとも思う。
一方で、自分らしさとか、個性とか、自分が特別な存在である証明とか、そういう幻想に裏切られた先に人間の成熟があるような気もしていて、自己紹介を管理人から禁じられた俺はいま、人間の成熟などずいぶん昔に放棄した俺はいま、30分で書き殴ったテキストにどんな色が泛ぶのか、少しだけ愉しみな心持ちでいる。

次は何について書こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

日記とブログについて語るときにわたしの語ること

 

 

はい、タイトルからしてハルキストみが深いのをわかって頂けるかとおもいます、どうもおれです。

 

 

個人的に割と長く付き合いのある毛布兄貴から、「日記を書け、カッコ悪くてもいいし超大作じゃなくていいから書け」という脅し、アッいやお達しがありまして、自分の中のルール的に日記って他人に見せるものじゃないんですがまあ書きたいとおもいます。

 

 

 

 

 

まず日記というものについて、わたしの中のルールがあります。そこから明記していきますけど、書いてるおれがいちばんめんどくさいので読むのめんどくさくなったらまあすみません。

 

 

ルール1. 日記の内容が最悪誰にもわからなくていい、読んでる時に文脈が100パーセントわかる人間がわたしひとりであるならいちばんよい

 

ルール2. ぼかさない、ぼかすならばその理由さえきっちり書く(うまくいえないことを理由付きで述べる、と言い換えてもいいのかもしれない)

 

ルール3. 分量を定めない、思い出した時に思い出して書き留めておきたいことを書く

 

 

といった感じでしょうか。

みていただいた通り、わたしの日記は他者の存在が前提じゃないです。読者がわたしひとりという前提を覆す気はあんまりないんですね。だからテキトーに書くし、その時その時で日記の言葉選びの正しさの度合いみたいなものが全然違います。

女性は特に生理周期を測定するために毎日体温を測るひとがいますよね、男性だったらある一定の周期で髭を剃るでしょう、その時に自分がどれだけ"前と違うのか"で自分を見直すとおもうんですが、そんな感じと一緒だとおもってくれていいとおもいます。

 

これはキャスでも言いましたが、日記を書く、しかもmixiやブログではなくアナログにペンと紙を使いながら、という行為は、わたしにとって無駄遣いに浸る贅沢さを味わう意味と、自分の形を伴わない秘密を形作る整理整頓的な意味とがあります。そしてそれはひとりで行うからよりどちらの意味においても精度が上がるのであって、そこにわたし以外の人間は居ないし要らないのですね。

 

 

と、ここまで読んでくると

「じゃあなんでこのブログ立ち上げたの?」

っていう疑問が出てくるのは間違いないです。だってブログって日記じゃないの?ブログがある限り他者の存在は無視できないじゃん、やどかりのバカ!ってことになります。

 

なんの詳しい説明もなくこのブログを立ち上げて、もうすぐ1年が経とうとしています。このブログのルールは基本的に存在しません。それがルールだといってもいいくらいに基本的には自由です。まあ誹謗中傷はやめようね、というくらいです。

どれだけ書いてもいいし、どれだけ書かなくてもいい。

書くひともわたしの知り合いっぽければ基本的に誰にでもアドレスとパスワードを教えています。だからTwitterで知り合った本名さえ知らないひとの文も存在するし、同じキャンパスに通う仲間の文も存在する。

書く順番も決まってないので、全く更新のない月もあれば月に何本もブログが更新される時もあります。本当にムラがあって、そこが逆に面白いんだけど。

 

 

この場を作ったのは、大学の友達が仲間内で共用ブログを作っているのに憧れて真似っこしたのが始まりではあるんですけど、わたしはその"共用"という範囲を限りなく拡げてみました。

共用ブログを立ち上がる時からずっとおもっていたことなんだけども、Twitterは140字しか呟けないという制限の中で表現する場というだけなのにこんなにもたくさんのツイートが洪水のように毎日溢れていますよね。これって日常に即したツールだから勿論その時々によっても上手い下手があるし、長くいればいるほどどうツイートすればうまく言えるのか、うまくたくさんのひとに見てもらえるのか感覚として掴めますよね。だからこの場にいればいるほど、うまく表現できるかどうかの優劣みたいなものが目に見えてくるようになるんだと思っています。

 

わたしはTwitterを始めた時からずっと思っているんだけど、たまにうまく表現できない劣等感に押しつぶされてTwitterにすらいたくないとさえ思うことがあります。好きにやればいいのにどうしてもいうのが恥ずかしくなる。表し方が下手なのをなんとかして隠したくなってしまって。

で、まあ、居場所がないなら作っちゃおうねってことで、こうやって作ったわけなんですよ。あとはやるならみんなも巻き込んでやりたいし、どうせ気持ちよくなるならみんなも気持ちよくなれるような場所にしたかった。気軽に共有できて、かつ書き手個人のプライバシーがある程度守られて、ゆるく繋がっていられるような場で、拘束性がほぼない居場所。サイコーだと思いませんか?

 

 

ということで、今も変わらずこのブログは24時間365日ずっと書き手を募集しています。わたしの知り合いっぽければ、なんて書いたけど、別に知り合いじゃなくて、このブログになんとなく惹かれてどうしても書きたいんです、とかいうひとでもいいです。寄稿するのが一度きりでも構いません。募集しています。

 

 

この話のオチとしては、管理人のわたしがいちばんこのブログに積極的に書こうとしてない、というところです。

相変わらず言いたいことがしっちゃかめっちゃかでまとまってないけど、毛布兄貴許してくれ。

 

 

 

 

 

透子(どこよ @camelzback139)

 

 

 

 

うまくいえないひとたち。

366日目になった。

 

僕がまだうら若きバカだったころ(乙女に対応する言葉が男にはないのは不公平だ)に、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を読んで、こんなことを書いていた。

 

ーーー

その糸は、もう二度とほどけないんじゃないかと思うほど、グチャグチャに絡まってしまうことがある。

ほどくために自分が何をすべきか考え、糸が絡まってしまった原因を考え、ほどけなくなってしまう前になぜ気付かなかったのかを考える。その過程で、自分の過ちを想定する。

過ちを償うことはできない。背負うことしかできない。過ちは過ちでしかない。

だが、それは「なぜ?」の答えになる。

この世界では「不明である」という状態が最も恐ろしい。不明だったことが明らかになって、それに納得すれば消化できるし、必要なら反省もできるし、そこまで行ったら忘れることさえできる。

その糸は、ほどけたら失われてしまうのかもしれない。「関係」という、その一本の糸は。

 ーーー

 

そこにいたことを大切にしたい。今だって、いないけどいるんだから、不思議な話だ。

またな。クソッタレ。

 

 

ふわっふわの毛布

 

私とは合わないけど尊敬してる

よく当たると評判の、「しいたけ占い」の乙女座へのアドバイスが更新されていました。


私はハイパー乙女座と呼ばれる乙女座で、現実主義者のくせに占いをわりと良く読みます。

統計学をまぁまぁ信用しているから。「おばぁちゃんの知恵袋」と同じくらい。

乙女座の人らをいっぱい見てきたおばぁちゃんの言うこと、ちょっと参考にしたい。



そうはいっても占いは占いなので、誰にでも当てはまるようなことを書いてある場合が多いわけですが、今回気になったのは"「私とは合わないけど尊敬してるよ」と相手に言うことが大事"だという話。

これって、乙女座に限らず対人関係では大事なんじゃないかなぁと思います。

(乙女座がどうしても他人に合わせたり巻き込まれたりしやすい性質だから、たまには切り離してもいいよという話だとは思いますけど)



"私とは合わない"って言われたら結構ショックだけど、その後に"尊敬してる"なんて言われたら、先ほどのショックを大きく上回って気分上々↑になりますよ。

こんなん、対人関係における魔法の言葉なんじゃないでしょうか……。



私個人は「尊敬する」という言葉は「降伏する」くらいに重い言葉という認識があったので、そんなにポンポン使いません。

でもこれからは少し苦手な人でも尊敬できる部分を探して、正直にそう言っていきたい。


今後私から「尊敬する」と言われた人、私とは合わないけど尊敬してるので許して〜〜!