うまくいえないひとたち。

analfriskerのつどい

ハロプロにわかオタが布教blogを書いてみた

どうも、ハロプロにわかオタのTheyです。





推しは



モーニング娘。小田さくらちゃん(以下おださく)
Juice=Juiceの金澤朋子ちゃん(以下かなとも)
アンジュルム竹内朱莉ちゃん(以下たけちゃん)


です。よろしくお願いします。





……それから、遅くなりましたが


かなとも、たけちゃん、リーダー就任おめでとう!🎉✨😆✨🎊


いや、本当に今更なんですけど、だからこそ布教blogを書こうかなって思ったんですよね……。





本当はこの三人をメインに私のハマってる組み合わせやらグループやらを語りたいところ……ですが!
流石にそれで興味関心を煽れるとは思っちゃいませんので、


大まかにどこがすごいと思ってるかとか、
どうやって楽しんでるか
とか、



書いていけたらと思ってます😘😘😘




☆まず、どこがすごいのか?!






実は私、少し前までアイドル嫌いだったんですよ。



たいして可愛くもない子がぶりっ子して、男性向けの媚びへつらった歌を歌ってるんでしょ?って思ってた。(失礼)

でも、そうじゃねーんだ?(田舎風)ハロプロは違かった……。
まずね、



アイドル=男向け



これが悪しき考え方ですよ。 いいですか? 正しくは、



ハロプロのアイドル=アスリート



これ。


マイクを落としたときのフォロー、ロックフェスでの炎天下50分耐久live、アイドルとは思えないがなりなどの発声……etc

挙げ出したらキリがない、とりあえずこれを見てほしい。


モーニング娘。'19 筋トレ - YouTube


モーニング娘。'19筋トレ

体幹ヤバイな? いやこんくらいやんないと、ダンスできないのなんとなくわかるにしても体幹ヤバくない?試してみるとわかるけど、私は10秒ももちませんでした!!!(何も誇れない(モヤシィ……

あとはこれも載せておこう、live動画だァ!!!

ハロプロはMVよりもlive動画の方が面白かったりよかったりするのあるある

(いや、こういうのって無断転載だからいけないってわかってるんやけど……事務所も黙認してるし……許してちょ♡苦情来たら消します)(というか自分、live行ったことないねん……にわかだからな……(はよいけ))(いや、にしてもファンの方が趣味で作成したにしてはクオリティ高杉)





さて、ここでおさらいしましょう、少し前まで私は



たいして可愛くもない子がぶりっ子して、男性向けの媚びへつらった歌を歌ってる



と思ってました。しかし実際は上の動画を見てもわかる通り、





たいして可愛くもない子が 🙅
すっっごい可愛くてその上努力家な女の子たちが🙆





ぶりっ子して🙅
汗水垂らして🙆





男性向けの媚びへつらった歌を歌ってる🙅
女性でもグッと来るようなカッコいい歌を歌ってる🙆





というオチでした。
では

☆ドルオタに覚醒した私はどう楽しんでいるか


ですが!




  1. 推しのソロ曲を追う
  2. 推しや推しの所属しているグループの人間関係を妄想して楽しむ
  3. 作詞家のブログを漁る(歌割り意図を邪推する
  4. 好みの衣装があったらググる
  5. 本家とcover曲を聞き比べる
  6. バラエティー企画を漁る



などでしょうか。
とくに6番「バラエティー企画を漁る」は、にわかにとってはとても重要なさわりの部分ですので、いくつかピックアップしてみました!
そこまで長くはないので良ければ見ていってください!!

日村と向井が合いの手で℃-uteを全力で応援する - YouTube

AKB48 指原莉乃 Berryz工房 嗣永桃子にブチ切れ 熊井友理奈に感動号泣 - YouTube

ではまた!
They

わたしからあなたへ


「何処か貴方の知らないところに、貴方への言葉を残すこと」。

それはとても、とても難しい。
適切な場所がどうにも思い浮かばなかったので、ここにしました。ただ、きっとこの場所も、いつか貴方の知るところとなるのでしょう。だって、あなたはわたしで、わたしはあなたなのだから。

最初に断っておきます。
わたしは、どうされようと構わない。

なぜ、貴方ばかりが隠れていなければならないのか。
貴方のした事が、わたしの為にならない事など、ただの一度も無かったわ。そうでしょう?

わたしとあなたは表裏一体。
どちらが本物か、どちらが正しいか、間違ってるか。
どちらが表か、裏か。
そんなものはどうでもいいの、大事なのは、わたしとあなたで、ようやくひとりの人間として成り立つということ。

どちらが欠けても、きっと
今頃この身体は存在し得なかった。

わたしはさ。
あなたがわたしで、わたしがあなたで、良かったと思っているんだよ、橘。



朔(@__endlosesung)

きみが嫌い

僕は前の記事のような文体が苦手である。

人は信仰で生きてるものだから、と言われればそれまでであるが、

米津さんも新海誠もタピオカもどうでもいいのである

どうでもいいどころか嫌いなのである。

嫌いなことを匿名で多数の人が見る場に書き込むのはとても嫌われる行為であるが、

でも嫌いなものは嫌いだと言いたい

でも自分のブログやツイッターで言うのは嫌われるので

ここに書くのである。

もちろんこれは真剣真面目なのであるが

前の記事の筆者にはワハハとおおらかな気持ちで笑ってもらえたらありがたいことこの上ないのであるが。

のであるのであるいって冗談めかしてるのは怖いからなのである。

まあいたって真面目なのであるが。

嫌いなもの苦手なものが、大衆の好きなもの場合

言いにくいからsnsですら生きにくいのである

大衆の好きなものを嫌いなわけではないのは宇多田ヒカルが好きなことから自明であると思うのである。

しかしながら、なにか祭り上げられているものは嫌いなのである。

なにかうんぬんかんぬんの理屈でもってそれを持ち上げる人はもっと苦手なのである。

虫はもっと嫌いなのである。

生きにくい、というか、まさに「うまくいえない」ひとなのでこれくらいは赦してほしいのである。

再度いうが前の記事を書いた人への悪意はないのである。

それにちゃんと最後まで読んだのである。

「あたし変わってるってよく言われるんだ これって褒め言葉よね?」 ある意味褒めてんだ稀に見る愚の骨頂

的な記事まで読んだのであるから翻って好きなのかもしれないのである。

でも苦手なものはニガテここでくらい言わせてほしいのである。

この記事は誰か消すかもしれないのである。

僕はますます生きにくくなるのに、書いてるんだから矛盾に他ならないのである。

あたし変わってるってよく言われる

つらいのである。うまくいえないのである。

うまくいえないことを免罪符にしてとお願いしている節もあるのである。

言いたいこと言ったのでスッキリ。

米津のパプリカがなんだ新海誠がなんだ

ようはそういうことなのである。

コンプレックスの塊をこじらせただけなのは重々承知なのである。

好きなものを好きって言っていいのなら嫌いなものもそろそろ嫌いと言わせてほしいのである。

イデオロギー 主義 みんな好き そんなものにアレルギーを感じるのである。

アレルギーだから仕方無いのである。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズンなのである

冗長になってきたのでやめるのである。

ここは最高に言いにくいことが言えるから唯一むになのである。

さようならなのである。

 

最後に同じアーティストの歌詞を引用するのである。

 

君が嫌いなのさ

君も俺が嫌い

それは奇遇だ

もしかしておれたちは

気が合うのかも知れんね

 

GRAPEVINE - きみが嫌い より

 

 

 

 

 

 

僕たちは〈大人〉になってしまった 〜 『天気の子』レビュー(途中からネタバレあり)

 

 

「人に嫌な思いをさせてはいけません」

「暴力を振るってはいけません」

 

こういう価値観が「当たり前」になったのは、とても「正しい」ことだ。大前提。

ただ、それは同時に誰かの権利を侵害しないように気を張っていなければならなくなったということでもある。

 

どこかの誰かの「良い」が増えれば、同じ分だけどこかの誰かにとっての「悪い」が増える。自由の総量は決まっていて、誰かを自由にすれば誰かが不自由になる。

 

現代において、そういう原理を無視して自分の自由だけを考えた行動ができる者は、果たしてナポレオンか。はたまたヒトラーか。あるいはドン・キホーテか。

 

 

 

 

 

 

 

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新海誠監督の最新作『天気の子』を観てきた。

 

金曜公開の翌日、土曜日の東京の映画館は、どの時間帯も予約で満員になっていた。

カラフルな世界を細やかに描き、明快なカタルシスを提示して社会現象になった『君の名は。』の次回作だからこその動員ということは、火を見るよりも明らかだ。

ハードルの高さはとてつもない。誰がどう見たってネクス宮崎駿の筆頭候補なのだから。

 

 

観終わって数時間後にこの部分を書いている今の僕、もう10年以上新海作品を追いかけている僕は、是非この作品をたくさんの人に観てほしいと思う。

そして、ある程度の初動が確実に見込める今作は、恐らく『君の名は。』以上に新海にとって「観せたいもの」として創られたのではないだろうかと、そんなことを、今は感じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

【注意】以下ネタバレ

 

 

続きを読む

人に好かれること、嫌われること

最近でもないけど長いこと付き合ってるわけでもない彼氏と最近些細なことで言い合いになる。
私は些細なことだと思っているのに彼は些細なことだとは思っていないらしく、それが議論のもとなのだけれど。

私が首を傾げたり、相手を見て話したり、笑顔で話しをしたりすると、相手は騙されるらしい。
この子ならいけるかもしれない、好かれてるかもしれないと思われるらしい。
「男は単純な生き物なの!」とは彼の言い分だ。
ただ普通に会話してるだけだし、楽しく過ごせるなら笑ってる方がいいと思う。

「モテるよね」と仲のいい友達にも言われることがある。
たしかに愛想はいいのかもしれない。
ただ、私は私を慕ってくれる人を邪険に扱いたくないだけなんだけど。

昔から人当たりはいい方だと思う。
そういう風に育てられてきたし、その方が人生いいことも多いと思う。
だけどそれを変えようって、それは本当に私なのかと疑問に思う。
私はこんな育てられ方をしてきたし、それ以外の生き方を知らないし、だから今更変えるなんてそれは難しいし、実際できないと思う。

交友関係も広いし知らないことにも突撃していく度胸もある。
いろんなことを見て聞いて感じて、そうして私は変わっていくんだと思う。
こんなに広く楽しい世界で、楽しく生きない選択肢はない。

でも彼が私の交友関係についていろいろ言うのも頷ける。
これから先ずっと彼といるつもりなら私の人生の半分は彼のものだ。
よく分からないものに突っ走っていくことに不安があると言うなら、それは取り除かないといけないんだと思う。

誰かと一緒にいるということはそういう制約を受けるものだ。
その制約を受けてもいいかなと思える相手だから今一緒にいるわけだけど。

正直こうやって生きてきたのは「誰かに嫌われたくない」という思いからだ。
私がすごく人目を気にして生きている自覚はある。
暗示のように「周りの目なんか気にしない」
といくら言ったところでそんなことは不可能だ。
嫌われないように、人当たりよく、言い換えればモテるように、頑張って生きてきたと思う。

でも、彼がそれが気になると言うなら、そういう行動を改めるべきだと思う。
たとえ誰に嫌われたとしても。

なにを、だれを大切にするか。

人に好かれること、嫌われることって自分で選ぶことだと思った。
誰からも好かれることは無理だし、その必要も無い。

だから私は私を大切にしてくれる人に好かれたい。

きょうの日報

 

 

 

連日、残業している。当然のことだが、残業代という概念は設立してからようやく1年とちょっと経った弊社には存在しない。いやお前交通費全部出さないなら出せよ、という言葉を何度飲み込んだことかわからない。引かれていく社会保険料のエグさが毎月生理のように痛くてたまらない。辛いものを食べ続けている時と一緒で慣れていくしかないものなんだろうとは思うんだけど。

 

 

連日、お腹が痛い。現在抱えている案件の中での自分のポジションは、極めて人権がない。ていうかもうちょっと権限をもつ偉い業者が、全然動かない。言われたら動くけど、基本停止している。カメかな?と思ったけど、あながち間違いではなさそう。今日資料にミスがあり、この話が本腰に及んでいる段階で発覚することのヤバさをひしひしと感じながら、「すいません、ここの記述のエビデンスはどこにありますか?目視で一緒に確認した際はなかったものですよね」と訊いたら、すみませんそんなものはありません・こちらで修正しときます、という回答だった。いやあの、後手にまわってそういう対応なくないですか?お客様にわたしはなんて説明すればいいんですか?ていうか知能指数ゴミですか?   ですよね、わかりました、失礼します、といって受話器を置いて、ため息×5。一方ではわたしが味方をしなくてはならないお客様から半激詰めに遭っていて、そのお客様の立場を長いスパンでみて守るためにいろいろ動いていて、決してその都度要求に100%答えることが味方ではないことを、うまくいえない。意味わかんないんですけど、とか数億回聞いた。言葉遣いひとつで相手の対応が180度違ってくる世界の中で、たったひとつ言いたいことを丁寧に伝えるために言葉を選んで喋っていることを、1ミリもわかってくれないお客様だ。わたしは味方で、あなたがたのためにここまで動いて、ここからはわたしの手の範疇の外ですというのを示している。伝わらない。どこまで丁寧に付き合えばいいかわからなくて、トイレに駆け込む時だけが落ち着く。誰もみてないから涙ぐんでもへいきなのだ。

 

連日、後輩とバイトに手を焼いている。バイトに関しては、5月頭からはじめて毎週月曜木曜金曜来ます・来れないときは事前に連絡します・という約束をしていたのにも関わらず、もう昨日から来てない。社長の古くからの付き合いのある方の娘さん(ギャル)だ。なんなら金髪だった。黒髪に途中で戻してくれたけど、別に金髪は結わえてもらってたら全然それでよかった。そこの髪の毛のやる気があるならまずシフト通りに出てほしかった。何かシフトについて聞いてますか、と社長に訊くと「いや毎週月曜木曜金曜に来るってはいってた」と返ってきて、いやそれわたしもすでに聞いたので休みの連絡とかないんですかとかって意味で尋ねたんですけども…とおもい黙りこくる。仕事を覚えるまではなるべくきてほしいなとおもう。大学生なんてそんなもんだよねと思いたくなくて、なんかほんともうちゃんと自分の中の義理みたいなのをたててほしいよとおもう。

後輩については、無事(?)正社員に今月からなったものの、全くといっていいほど契約がひとりでできないので場数をこなしていくしかないねって感じでいつも内心ブチギレている。日報丁寧に書けっていってるし、あれほど日報と引き継ぎの下手くそだった元同僚を見ていて何を学んだのか知りたいなと本気で思った。あと文鎮がなにかわかってなくて、文鎮取ってって伝えたら「ブンチンってなんですか?」と返ってきて本気でびっくりした。素養がないとかそういう話ですらないなと思ったので、後で頭にぶち込んであげるから体で覚えてねといった。仕事の優先順位のつけ方がまだまだ甘くて、多分そこを自覚していないのだろうと予測している。朝に頼んだ毎月はじめの一番大事な仕事は、本日の終業5分すぎの時点で終わってなかったことが判明し、無事尻拭いのため退社が遅れた。ちなみに後輩はわたしより早くあがっていた。てめえぶっ殺すぞ。弊社の中で給料泥棒は積極的に殺していかないといけない法律がある。わたしが制定した。

 

 

連日、ぐったりしている。救いを求めて買った本は、まだあと半分読み残してある。救いがほしくなったときのために残してあるんだけど、読もうとする前に疲れてなにもかもわからなくなってしまう。同居人の生活におけるわたしの行為についてなんでああいうことしたの、という指摘の言葉にさえ、もうつらくてごめん、と謝ってしまう。わたしにも理由があって、もういっぱいいっぱいなんだってこと、きっと全然伝わってない。もうそんなに責めないで。誠意を尽くして生きているつもりで、わたしの誠意のコップの中身はもう空に近い。コップが小さいことが悪いのかもしれない。でもわたしはもう無理だ。明けない夜もないけど、毎日朝日が火事の中で迫りくる炎のようにみえることを絶望だと思う内は、さっさとこんな世界からいなくなるべきなんじゃないかとおもう。

いいたいこと言い残してきてないままここまできちゃった

 

 

 

タイトルの通りのことをいままさに思いながら通勤している。

GWは他の業者は休みなのにうちは全然仕事で、仕事ももはやなくて何しにきてるか分かんなくなりはじめてるのに、出勤。今日も審査中のお客様に逆ギレされたりして生きてる意味がわかんなくなっちゃってたいへん。

 

 

 

えーと、振り返りからの所見を。

わたしははじめて年号が変わる瞬間を目撃したわけですが、ていうかその時ばっちり寝てたんですけども、自分の生まれた世代が一区切りついて終わっていくことに形容しがたいさみしさを朝起きて感じました。先に進みたくなかったのにな、みたいなきもちだった。自分が舞台で譜めくりをするポジションで演奏していて、見開きの楽譜の1番右下まで行く少し手前の弾かない瞬間で譜面をばさっとめくる時の、あのさみしさにかなり近かった。本番中曲を弾いているとき、いつも「これが終わったら、もう二度と会うこともない気がする」と思っている。このリズムも、ここで音程を正しく保っていることの難しさも、ここで聴こえてくる誰かの音の揺らぎでその人がうまくいったかどうかを判断するのも、これで最後なんだと気づいた時のあのさみしい感じが今日の朝自分の傍にいた。

先に進んでしまったら、終わってしまうから。

でも、平成を総括してみると、わたしの生きてきた時間の短さの中で、わたしはこんな人間になり(なってしまい、の方が正しいのかも)、たくさんの人に会って、たくさんの感情と事情に振り回されて、あるいは逆に振り回してきたのだなとも思います。その中でもずっと変わらず鬱々しくて、ずっとくらいところで生きてきて、これからもそうなのかなという予感で怖くていっぱいいっぱいのまま、ここまで進んできてしまったなという感触でした。いいたいこともいえないで、わたしの思っていることは所詮わたししか思っていないことで、それはほとんど誰かの何にもならず、わたしを救いもしない、こんなことがあと死ぬまでずっと続くの?という不安を、そのまま令和に持ってきてしまうくらい、平成は生まれてから今までしんどい時期だったなとおもいます。もちろん楽しい時もあったんだけど。

これからはもっと自分のこと、嫌いにならなかったり許したりして、もっと生活していくことがたのしいと少しでも思えるようなレベルにもっていけたらいいなあと祈っています。

まあ最も他人からみたら、わたしは自己愛がつよくてわがままなんだと思うけど(実際にそのようにいわれるのでそうなんだろうなとおもう)、でもわたしもわたしでいっぱいいっぱいで、すきなものをすきでいることがつらかったり、余裕のない愛を捧げてしまっていたりするのが難点で、生きていてごめんなさいというきもちで毎日他の人に仕事が頼めないからしょうがなく生きています。早く死ぬので勘弁して!っていっつも思ってる。ほんとうは生きていくことにもっとポジティブで、どこにいても曲が弾き終わってもまたはじめから弾き直せるような、そういうきもちで生きていきたいんだけど。

〈自分のことを大事にする〉がいつになっても覚えられないし、よくわからないままここまで来ちゃったけども。

先に進んで、今よりもっと悪いことが起きても、何度でもやり直せるものがあるとおもって毎日すごしたい、です。

 

 

 

 

以上令和を迎えてもうまくいえないひとたちの代表でした。

ちゃんちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書きたいという気持ちが強くなったあのときの僕は、サンリオピューロランドに行くべきだったのかもしれない

予想外に痛手を負うことは、誰にでもある。

予想外に痛手を負わせてしまうことも同じく。

 

 

 

 

 

 

 

 

イジりとイジメの境界線は、いまや社会問題となっている。セクハラ・パワハラなんかと同根だろう。 

 

 

 

 

「加害者」の多くは第三者に訴えられたときに、初めて自覚が出t

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重いよ!!

 

なんだよこれ!!

 

普段明るく振舞ってる人が墓まで持っていこうと思ってた秘密を不意に知っちゃったときくらい重いよ!!

 

こちとらお題募ってまで短期集中連載で書こうってんだぞ!!

 

 

 

一発目はもっとファンシーに「サンリオピューロランドに行ってみた」とかそういうレポとかの方がふさわしいだろうが!!

なに書かせてんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ととのいました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傷が癒えた人とかけまして

 

 

 

 

 

 

 

チヤホヤされることに慣れて傲慢になった結果、自分が中心でなければ気が済まなくなってしまい、次第に周囲から疎まれるようになっていった人

 

と解きます

 

そのこころは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらもジコが過ぎたでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お後がよろしいようで

 

 

 

ふわっふわの毛布

ひどい風邪の時に嫌いなテレビを観て元気を貰った話

昼過ぎまで寝た。いや、正しくない。起きたら昼過ぎだった。

4時と5時半くらいに咳が止まらなくなって2度目が覚めたのは覚えている。

そこから咳止めの頓服を飲んだ。大きくて白い錠剤を4つ。医者は副作用で眠くなるから寝られない時だけにしなさいと言っていた。咳が止まってよく寝られるなら一石二鳥だ。

 

しかし寝すぎた。背中も痛いし耳の奥の方が重い。寝すぎたせいか風邪のせいかわからない。今日はひどく天気がいい。

とりあえず歯磨きをすると寝ていた時に止められていた分を回収するかのようなけたたましい咳が出る。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになる。食道も胃も腸も全部ひっくり返って出てきそうだ。最近は毎朝こうだ。私は大げさな人間なので死ぬ、という言葉が自然と浮かぶ。それと同時に彼氏にだけはこの顔見せられないなあ、と思う余裕がある。

 

誰もいないリビングのテレビがつきっぱなしになっている。吉本新喜劇だ。テレビの音はきんきんと耳と頭に響くので好きじゃない。

あたためるのが面倒なので熱いコーヒーに冷蔵庫から出した牛乳を1:1で注ぎ足したぬるいミルクコーヒーを飲む。トーストも焼かずにバターだけを塗る。消しゴムのように硬い。柔らかいパンがバターとバターナイフで押しつぶされる。気にしない。無理矢理パンの耳でナイフに残ったバターをこそげ取る。奇妙な形に変形したパンを半分に折ってミルクコーヒーでちびちびと流し込む。飲み込むたび、腫れた喉が痛む。

 

テレビでは間寛平池乃めだかがセットの長椅子を使ってごちゃごちゃと何かをやっている。池乃めだかちっちぇーなあ。トムとジェリーのようにちょっかいを掛け合うじじいふたり。観客の笑い声。それに応えるように更にヒートアップするじじいふたり。

 

私が生まれる前から、小学校を卒業し、中学、高校、大学まで卒業し社会人にさえなっているのに、新喜劇はその間ずっと続いているということにただ感心する。環境がどれだけ変わっても変わることなく続いているものがあることは、それだけで安心する。

 

やたらよく伸びる白いズボンにがらくたを詰められるだけ詰め込んだ寛平ちゃんが歩くたびにガチャガチャとうるさい音がする。池やんがやかましいなあ、とつっこむ。寛平ちゃんが前チャックの間からタコのオモチャを覗かせて「こんなん出てきた!」という顔をする。すかさず「いやアンタが入れたんや!」と池やんがつっこむ。なんと、しょうもない。しかし、なんと平和な笑いだろう。

 

なぜかここで、私は涙が出てきてしまった。

誰も傷つけず、何も笑い者にしない、笑い。大御所のじじいふたりが、小学生でもしないようないたずらっぽい笑いで会場を包む。これこそ理想ではないか。

風刺やいじり、時には差別で笑いを取る手法はアングラな人気を誇るし、それを悪く言うつもりはない。けれど、こんな方法で、人を笑わせる事ができるのだ。きっと誰にでもできる事じゃない。寛平ちゃんと池やんだから成立するのだ。

 

今日はひどく天気がいい。

 


仮原稿

 

 

お父さん・お母さんへ

 

 

お久しぶりです。しばらく帰れずにすみません。お元気でしょうか。

お父さんが風邪をひいてしばらく寝込んでいたこと、お母さんからこの間電話で聞きました。わたしも最近風邪をひいたのでお揃いだなと思いました。こっちは春が来る前兆のようにほのかに暖かい日が続いています。が、その暖かさに甘えて薄着をすると、途端に寒くて震えながら会社に向かう時もあります。油断禁物で体調気をつけてください。

仕事はまあまあ普通です。この時期を迎える前からいつもより忙しくなるだろうと覚悟を決めていた割には、そうでもなかったことに少し驚いています。毎日朝トイレ掃除を丁寧にして、社長の他の社員に対する文句を代わりに聞き、同業者に電話をかけ、契約まであと少しのお客様の対応し、近くにワゴンカーで来ている団子屋さんの団子をおやつに買い、基本的に何が何でも定時で帰るようにしています。最近のマイブームは、おやつに団子屋さんでチョコソースのかかったものを選ぶことです。食感は団子というよりつきたての餅に近く、見た目が丸く成形されてない餅のようですが、味が16種類もあって大抵のものは食べましたがおいしいです。仕事も今のところは順調です。

最近、夕飯は必ず丼ものなのですが、ご飯の上に乗せる具材に餡をかけるのが好きです。片栗粉の使い道がほかにわからないので、永遠に餡掛けご飯を作っているのですが、餡掛けはおいしいですね。鍋に少し水を入れて沸騰させ、白菜とほうれん草と挽肉を入れて、白だしをさっと入れておわり。味はめんつゆと酒みりんにしてみたり、めんつゆを醤油に変えてみたり、いろいろとしていますがどれもおいしいです。これを書いている日も新たな餡掛けご飯レシピを考えています。

自分のことばかり書いてすみませんが、とりあえず元気に無事で暮らしているということが言いたかったです。

いつもなにもいわずにいてすみません。そちらも体に気をつけて元気でいてください。

 

 

p.s. 保険証を同封します。長い間渡しそびれていてすみません。よろしくお願いします。

 

 

 

 

きょうの日報

 

 

朝、遅刻した。最近朝起きたら膀胱の痛みで動けなくて困ったなあということが多い。ご飯も食べてるし風邪っぽくはない。花粉で鼻はやられているけれど、漢方を飲んでなんとか生きている。あんなに食べるようになったのに抵抗力がまだ弱いのかあ、と思いながら、すみません、いつまでには着けますがお掃除の時間に間に合いません、申し訳ありません、とラインを送った。こういう時にあまり我慢をしないでゆっくり動いた方が後に引かないで楽になるのだと、膀胱炎になってもう9年になる経験からわかっている。

 

 

朝、着いた。掃除できなくてすみません、昨日は忙しかったですか?仕事やってくれてありがとうございます、進捗状況聞いてもいいですか?と声をかける。今日はあのよくわからない社長は来ない。デスクで履歴書を書けたら書くぞと意気込んで用意してきた。仕事も多分今日中には一歩前に進められたらいいな。なるべく早めに帰宅してご飯を6合炊くぞ。と、思いながら進捗状況を聞く。わたしのいない間のある1日がすごく忙しかったらしくて、同僚は自分の仕事とわたしの仕事のフォローでいっぱいいっぱいだったみたいだ。先方にレターパックで契約書を郵送する余裕すらなかったみたいだった。なぜその判断をしたの?その言葉は相手に伝えるには軽率では?と口を出したら、まるでちょっと不機嫌になったかのように早口になって言い訳をまくしたてた。理由を聞いてるだけなのになあ、と思いながら、わたしの言い方が悪かったという態度が伝わるように、「今日は声が変だけど昨日遅くまで飲んでたの?」と明るめのトーンで声をかけなおした。金曜が忙しくってわたし以外のメンバー3人で深夜1時まで飲んだらしい。そっかあ、おつかれさま、ずいぶん飲んだのねえ。ハハ、と笑いながら目で微笑んでることがわかるように取り繕った。もうすごい疲れてさァ、みんなヘトヘトだったんだよ、という言葉を聞いてあげる。別に聞きたくないし合わせたくないけど、そうしたら滞りなく進む。

 

 

夕方、やりきれなくなって後輩と一緒にお菓子を買いにセブンへ行った。どう考えても相手が指定する初期費用をオーバーしているし、収めるためにはどうしてもわたしの取り分を減らさないと今の現状から簡単に打開できなそうだった。簡単に、というのはこの契約を成約するのに急いでいるからであって、時間を少しもらえるならばわたしの取り分は減らずに目的を達成できるかもしれないのだ。そんな時間と手間を先方からもらえるのか、どうだろう、明日相談してみようか、うーん。迷いながら後輩とセブンに入る。話の途中でからかわれモードになって、「いやあなた2連休しといて朝遅刻って」って言われた。その瞬間?がめちゃくちゃ浮かんだ。いやまあ確かに掃除の時間に間に合わなかったことは謝るし謝ったし、それが足りないのならそうなんだろう。だけども、お前はわたしより会社に近いところに住んでいるのにも関わらず、わたしより先に出勤したことがないのにそれをいうわけ?入って日数が経つのにまだ会社周辺の地理がわからなくて、うちは地理がわからないと話にならない職だと身にしみてわかっているくせに、昼の休憩はずっとコンビニでご飯を買って外に出ようともしないくせに?そうであっても契約を1本とってこれるだけの力はあると認めているし、その努力を肯定するから、せめて現状の自分に甘えないでほしいもんだなあ、と思いながら無言でリプトンのさくらミルクティーを手に取る。さくらがついてるやつはまあハズレはしない。ていうかお前、飛び込みの客逃しすぎだし、せめてもうちょいお喋りが上手になるためにも外を歩いてまわる習慣つけたら?今のところお前の長所、顔しかなくない?と言いたいのを堪えて、レジに並ぶ。細身な後輩はスーツが似合うけれど、青スーツは正直若いうちしか着れないし、26歳以降の青スーツは見ててウザいからやめた方がいいよ、とそっと心でつぶやいた。

 

夜、退勤しようとした。明日は今日この2人は休みでいない。やっておく仕事ある?と聞いたらぽつぽつ出てくる。丁寧にヒアリングしてメモする。急ぎかどうか頭の中で計算する。同僚があ、と言い出す。これってまだやっておく必要ないよね?と訊かれたその仕事は、わたしがすでにもうクリアしていると思っていた段階の仕事だった。ていうかやっておいてくださいってわたし休み前に言ったよな?なんでやってないの?と訊く。契約前に届けばいいやつだし、そもそも先方から準備が遅れるといってたからこちらもそのような対応でいいかと思った、とのこと。この契約のことに対して繊細さが足りねえなあと感じて、オッケーやっておくよ、といった。誠意とかどこに置いてきたんだろうな、と思いながら明日のタスクメモに書き足す。わたしの明日のタスクメモの内容の多くは、大抵が自分の案件ではない。他人の尻拭いがままある。半年前は他人の尻拭いをして給料をもらっていた。今は自分のお客様と尻拭いで手一杯で、せめて頭でも体でもいいから会社にいる人間が進歩してくれたらなって思う。

 

夜、帰り道。今週火曜の新入りの歓迎会はどうするの?と同僚からラインが入った。元々社長がいる場に同席したくなく、酒もご飯も一緒に食べたくないと宣言したために欠席の旨を伝えていた。同僚からは、新入りの青スーツは別に悪くないのだから歓迎会くらいは参加したら?と暗に伝えてきた。別に悪くないとしたってわたしのことを守ってくれるわけでもなんでもないし、ていうかそこまで興味がない。やっぱ当日具合悪くなったので参加できませんってことにするから1人分キャンセルしておいて、とラインで打った。明日の夕方にその旨を店に伝えるから心変わりしたら連絡して!ととんちんかんなラインがきた。うるさいなあ。うるさいなあ。うるさいなあ。

 

 

 

 

弊社の上司、みていますか?死ね

 

 

 

 

ひとは年齢などではなく、属性ではなく、見た目ではなく、人柄でもなく、如何様に考えて何を実行しようとしているか。

それに対して手伝えることがあるのかないのか。

切りつめていったらそれしか残らない。それ以外は残らなくていいはずなんだけども、その本質以外の余計な脂肪みたいな要素がまとわりついて、本当のことがよくわからなくなることがあって。

 

 

何が大事なんですか?

今回はどんなコンセプトなんですか?

それはあなたの掲げたクレドとは反しているようにみえるけど、どう折り合いをつけているんですか?

 

 

自分の質問は最低限でかつ最適な、一番まず最初に聞かなければならない内容のものなだけなのに、何一つとしてきちんと回答できない相手にずっとわたしは怒っている。

わたしだってきちんとやれないことは多くあるけれど、信念とか自分の曲げてはいけないルールがあって、不本意にもそれに反する時は自分で自分に対して言語化して折り合いをつける。

 

 

わたしだってできることをなんでできないんですか、とはもう訊かない。できないものは仕方ないし、できないことを責めてもしょうがない。

 

ただその本質が蔑ろにしていいんだとしたら、今のあなたには何が残るんですか?

とは訊きたい。

 

 

 

まあ信念も何もなく生きてるのであれば、全部この質問する時間も無駄になるんだけども。ねえ。

 

ってことを毎日会社にいって上司に言おうか考えている。

「生意気なんだけどさ」とその場に同席している他人によく紹介されるときに言われるんだけども、採用したのお前だからな。

 

 

生意気で何が悪い。手を抜いて仕事をやるような人間よりよっぽどいいにきまってるだろうが!ばかもん!

 

 

 

 

 

 

 

捨てられたダッチワイフが人間に復讐するゲーム「Doll of Resurrecion」

みなさんどうもこんばんは、「君の美しさはまるで精巧に作られた人形みたいだ……心奪われて僕が人形になってしまいそうだ……!」みたいなちょっとうまいこと言ってやろうとしている男を蝋人形にしてやりたいでおなじみ、アミーゴ銀三郎です。

 

みなさんは物を大切にしていますか?「地球環境を大切にしよう!」という声を上げ、リサイクルという概念も根付いてきました。それでも大量生産、大量消費という資本主義という抗えない波に呑まれ、新しいものが出たら古いものはどんどん入れ替わっていく世の中です。そんな中捨てられていったものたちはどうなるんでしょう?どう思うんでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日紹介するのはそんなことは一切考えられていないであろう、捨てられたダッチワイフが人間に復讐するゲーム「Doll of Resurrecion」です。

 

 

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舞台はこのダッチワイフが捨てられるのに相応しい、怪しい看板のある路地裏です。日本ではもうなかなかお目にかかれないタイプの看板ですね。

 

 

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キャラクターが2種類選べるという実はジェンダーフリーなゲームです。

 

 

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捨てられているので空気がなくてぺらっぺらの状態からスタートです。

 

このゲームはまず全5ステージからなる様々なトラップを潜り抜けながら進むアクションゲームとなっております。

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ダッチワイフなのに違うところに穴が空いたり←

 

 

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炎が吹き出るステージを燃やされないように進みます。

 

 

そしてときにはこのように

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ガスボンベに入っていたガスを吸い、ボンッボンッボンッのセクシーダイナマイトボディになって空中に浮かびながら進んでいきます。

 

 

 

そして5つのステージを乗り越えると第6のステージ、ひたすら人間に復讐するステージが現れます。

このステージになると空気入れが用意され、そしてステージに散りばめられた武器を装備できるようになります。

 

 

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これは口のなかにペットボトルを装備したときの画像で(このペットボトルは射出されて人に当たると倒せます)

 

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こちらが手に斧を装備したときの画像です。(この斧も投げることができます)

 

こうして空気の残量に注意しつつ、ひたすら人間を襲っていくだけというステージです。

 

 

いかかでしたでしょうか?やはりこのゲームの魅力を伝えるには画像だけでは物足りない気がしました。実際にプレイしてもらえればわかるのですが、このダッチワイフの移動が空気の入っていないダッチワイフが実際に動き出したらこうなのでは?と言わんばかりの独特の物理演算で移動するだけでも一苦労です。それをこのブログで伝えることが難しいのが残念です。なので気になった人は実際に買ってみてプレイしてください。

 

 

 

今年も残るところあとわずかとなり、年末年始、そしてクリスマスというイベントが控えています。クリスマスを目前にして自分のことを都合のいい人形のように扱い、そして捨てられていった過去を持つそこのあなた、この機会に捨てていった憎いあいつのこを浮かべながらこのゲームをプレイしてはいかがでしょう?

 

 

 

下記のURLから購入可能なのでぜひご検討ください。

↓    ↓    ↓    ↓    ↓

https://store.steampowered.com/app/927190/Doll_of_Resurrection/

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。f:id:analfrisk3456:20181206181605j:plain






アミーゴ銀三郎

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とあるツイートをタイムラインで見て、もやもやしてしまったので、ここに書く。すみません、いきなりこんなものを入れてしまって、エグいかもしれない。要注意

女1人、男2人。これはなにか? 私の恋愛履歴書だ。性行為(のようなもの)をしたのは3人ともであり、私は挿入未経験者だ。

挿入前になると親の顔が脳裏をよぎる。想像上の親の顔はひどく落胆し、憔悴している。親は……特に私の父親は私のことが大好きだ。保育園に通っていた頃、「ななしの一番好きな人はだあれ?」ときかれて、同じ保育園に通っている男の子の名前を出したら、週末に予定していたディズニーランドがなくなりかけた。それくらいの愛情だ。(伝わるだろうか?)

昔の彼女とはキスだけでも十分だったけれど、自発的に望んで至った。昔の彼氏たちはそういうものを求めているのがすぐにわかったから、なるべくそれに応えるようにした。すると徐々にエスカレートする。挿入したいと言い出す。その頃には私の思いは冷めている。

拒む。「好きじゃないの」と言われる。「そうじゃない」と応える。会うたびそれらを相手から求められる、その状況にうんざりしている。

「好きじゃないの」は呪いの言葉だ。好きなら自分の要望に応えろという風に私には聞こえる。うんざりだ。私が欲しいことばは、行動はそんなものではないのに。

挿入なんてされたくない。そんな言葉で縛る君となんか添い遂げたくない。子どもなんか生みたくない。自分の遺伝子を持った子どもなど要らない。気持ち悪い。そう言う私に君は「俺の子どもを求めてくれないのか」と言った。違う、そうじゃない。そういう話をしているんじゃない。私が欲しい言葉はそれではない。

インターネットの荒波をサーフィンしていると、出会いたくない情報に出会う。「どうせなら初物の彼女がいい」「女の価値は処女かどうか」「中古は嫌だ」そんなことばを馬鹿みたいに鵜呑みにして生きてきた結果がこれだ。完全に拗らせているもう手遅れだ。

たまに自棄になって適当な男でも捕まえて脱処女してやろうか悩むけど、結局やめる。

性欲が優先される関係なんて嫌だ。男でも女でもいい。親友と適当にそういう関係になってなし崩し的に恋人になって友愛4:性愛1くらいで生きていきたい。セックスなんて気が向いたときだけでいい。

そんな関係は今だどこにも見当たらない。

追記:これは誰か特定の人を批判するために書いたのではなく、Twitterのいいね?だったかで流れてきたものに反応して書いてしまっただけのものです。悪しからず。

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シャワーを浴びていて、ふいに飛び込んできた水が甘かった。

 

あるアーティストの歌詞を思い出して「最近は髪も爪も切らず/復讐もガソリン切れさ/何にも食べたくないし/ずっと考えている」。

 

何日も外に出ずに、部屋にうずくまっていて、食事も怠って、夜になった。空腹を感じて外に出ると、軽食屋の灯りがまぶしくて、それが恐ろしくて、なぜだか、とても恐ろしくて、いつの間にか食欲はなくなっていた。『蛇にピアス』、「夜にしか生きられない」。映画で観たあの呟きが時々頭に浮かぶ、今夜はそんな夜だった。

ひとが生きるための灯り、が怖かった。

 

何も食べずに、煙草だけ吸って帰ってきて、ここを思い出した。うまく言えない、から。自分のブログは何か月も更新していない。何もかも、うまく言えない。完全に社会不適合者のそれ。誰よりも、うまく言えない、それだけは自信を持ってもいい。と(例えば、太宰治のように)感じた。

 

効かない薬をあおってから、そんなことをここに書こうと考えながら、食器を洗った。久しぶりにシャワーを浴びて、歯も磨いた。いろいろ書こうと思ったことがあったけれど、それは大したことではなかったらしい。もう、特に書くことはありません。

 

(エクスキューズ。以前企画のときに、順番が回ってきたのに、何も思いつかずに、何も言えずにそのまますっぽかしてしまって、それを忘れて、最近気づいて、大変申し訳なく思っています。他にもそういう方、いるかもしれない。厚顔無恥、そんなひと私の他にいないでしょう、その人の分も謝ります。ごめんなさい。)

 

「効かない薬ばかり転がってるけど/ここに声も無いのに/一体何を信じれば?」

 

不意に飛び込んできた甘い水とは何のこと?一縷の蜘蛛の糸。手繰り寄せて、明日に届くか知らん。

明るい空、スーツを着て働く人たち、繁華街を歩く観光客やはしゃぐ学生たち。それらを、見ている人が私。

私はただ、見ている。

なんて声をかけたらいいのだろう。

声にならないから、あなた、と肩を叩いたら、あっさりと不審から拒絶へ変わる眼差しを眼前にして、あなたはどこにもいない。

私は灯りに、陽の、生きるための、灯りの下で生きている<ひと>にはなれない。だから小声で、ここで、あなた、と呟いてみる。あなたの眼差しが見えるように、それが見えるだけの、小さな灯りをひとつだけともして。もしも、そんなことができるのなら。

 

うまく言えないのなら、言葉の断片でもいい。単語を数珠つなぎに並べて、言の葉がそらに舞うに任せてもいい。そう思えたら、少しは、或いは。どこにその場所はあるだろう、どこにあなたはいるだろう?そう、ここにしかない。だから私はしばらく私に耽溺する。そのままその海に沈んでいて、うっすら目を開けていたら、水面から差し込んでくる陽の輝きを目にするかもしれない。そしてそうっと手を伸ばすかもしれない。

 

何かを書くということは、誰かに宛てて、ということもあるのだろうけれど、私にとっては、書くということは、私のなかに沈み込む手段である。だから今はひたすら書いていたいのだけれど、この場所の不文律の境を越えないように、ここまでにします。お目汚し、失礼しました。エクスキューズ、ミー。左様なら。